ラグビーの試合を見ていると、実況のアナウンサーや解説者が「ゲインラインを突破しました!」「これはナイスゲインです!」と興奮気味に叫ぶシーンをよく耳にしませんか?
「前に進んだことはわかるけれど、なぜそこまで重要視されるの?」
「たった数メートルの前進が、どうして試合の流れを変えるの?」
そんなふうに疑問を感じたことがある方も多いかもしれません。実は、この「ゲインライン」をめぐる攻防こそが、ラグビーというスポーツの勝敗を分ける最も重要なカギを握っているのです。
派手なトライシーンの裏側には、必ずと言っていいほど、この目に見えないラインを巡る激しい駆け引きが存在します。この仕組みを知るだけで、フィールド上の選手の動きが手に取るようにわかり、観戦の面白さが何倍にも膨れ上がります。
この記事では、ラグビーにおける「ゲインライン突破」の意味や重要性、そしてそれを実現するための具体的な戦術について、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。
ゲインライン突破とは何か?ラグビー観戦の基礎知識

まずは、言葉の意味と基本的な定義から確認していきましょう。ラグビーのフィールドには、白線で引かれたトライラインやタッチラインなど、目に見える線がたくさんあります。しかし、「ゲインライン」という線は地面には引かれていません。
目に見えないけれど、選手たちが命がけで奪い合っている。それがゲインラインの正体です。
ゲインラインの定義と場所
ゲインラインとは、プレーの起点となる場所から、ゴールラインと平行に引いた「仮想のライン」のことです。
例えば、スクラムやラインアウトといったセットプレー、あるいはタックルが起きてラック(密集)ができた地点を想像してください。そのボールがある地点の真横に、フィールドの端から端まで一本の線をイメージします。これがゲインラインです。
攻撃側にとって、このラインよりも前にボールを運ぶことができれば「ゲイン(前進)」となります。逆に、このラインよりも後ろで止められてしまえば「ゲインできなかった」ことになります。
試合中、このラインはプレーが動くたびに常に移動し続けます。攻撃側はこのラインを少しでも相手陣地側に押し上げようとし、守備側は何としてもこのラインの手前で食い止めようとする。この「陣取り合戦」の最前線がゲインラインなのです。
「ゲインラインを切る」ことの重要性
ラグビーの実況では「ゲインラインを切る」という表現がよく使われます。これは、ボールを持った選手が、相手のタックルを受けながらも、先ほどの仮想ラインを越えて前に出ることを指します。
なぜこれが重要なのでしょうか。ラグビーは「ボールを持って前に進む」スポーツですが、ただ前に走ればいいわけではありません。相手ディフェンスも必死に体をぶつけてきます。
最初の激突(コンタクト)で、攻撃側が守備側を押し込み、ゲインラインを越えることができれば、その後の攻撃のリズムが劇的に良くなります。これを「勢い(モメンタム)をつかむ」と言います。
たった1メートルでも、いや50センチでも構いません。ゲインラインを越えて倒れることができれば、それは攻撃側の「勝ち」に等しい価値があるのです。
逆に、ゲインラインの手前で仰向けに倒されてしまうと、攻撃のリズムは完全に寸断されてしまいます。
逆にゲインラインを割られるとどうなる?
守備側の視点から見てみましょう。もし相手にゲインラインを突破されてしまうと、ディフェンスライン全体が「下がる」必要が出てきます。
ラグビーにはオフサイドのルールがあるため、守備側の選手はボールのある地点(新しいゲインライン)よりも後ろに下がって壁を作り直さなければなりません。ズルズルと後退しながらのディフェンスは、非常に苦しいものです。
後退しながらタックルに入るのと、前に出ながらタックルに入るのとでは、威力が全く違います。ゲインラインを突破されるということは、守備側が常に「後手に回る」ことを意味し、体力的にも精神的にも大きなダメージを受けることになります。
強豪チームほど、この「最初の1歩」を絶対に譲りません。ゲインライン付近での攻防が激しいのは、そこが試合の流れを決める分岐点だからです。
視覚的に理解するゲインライン
テレビ観戦などで、現在のゲインラインがどこにあるのかを意識して見ると、攻防の優劣が一目でわかります。
【優勢な状態】
・ボールを持った選手が、前の密集地点(ラック)よりも前で倒れている。
・味方のサポート選手が前に走り込んでいる。
【劣勢な状態】
・ボールを持った選手が、前の密集地点よりも後ろに押し戻されている。
・パスが後ろへ後ろへと下がっている。
このように、常に「前のプレーの地点」を基準にして、今ボールがどこにあるかを確認してみてください。
なぜゲインラインを突破すると得点につながるのか

「前に進むのが大事なのはわかったけれど、具体的にどうやってトライ(得点)につながるの?」という疑問を深掘りしていきましょう。
単に距離を稼ぐだけでなく、ゲインライン突破には戦術的に非常に大きなメリットが隠されています。ここでは4つのポイントに分けて解説します。
ディフェンスを後退させる効果
最も大きな効果は、相手のディフェンス組織を破壊できることです。
ラグビーの守備は、横一列に並んで「壁」を作るのが基本です。しかし、攻撃側がゲインラインを突破すると、その壁に「穴」が開きます。守備側は慌ててその穴を埋めようと内側に寄ったり、下がって陣形を整え直そうとしたりします。
この「整え直す」一瞬の隙が命取りになります。一度崩れたディフェンスラインは、元通り綺麗に並ぶまでに数秒の時間を要します。
攻撃側はその混乱に乗じて、さらに次の攻撃を仕掛けることができます。つまり、一度のゲインライン突破が、ドミノ倒しのように次のチャンスを生み出していくのです。
素早いボール供給(クイックボール)の発生
「クイックボール」という言葉をご存じでしょうか。タックルされて倒れた後の密集(ラック)から、素早くボールが出てくる状態のことです。
ゲインラインを突破して前に倒れると、味方のサポートプレーヤー(援護に来る選手)も走り込みやすくなります。勢いよく前に出ているため、相手の守備選手を乗り越えて排除(クリーニング)しやすくなるのです。
その結果、ボールが綺麗に露出し、スクラムハーフが素早くパスを出せるようになります。
逆にゲインラインの手前で止められると、相手守備選手がボールに絡んできたり、味方が守備選手を剥がすのに時間がかかったりして、「スローボール(遅いボール)」になってしまいます。スローボールになると、相手ディフェンスは余裕を持って壁を整えてしまうため、攻めるのが難しくなります。
トライを奪うためには、この「クイックボール」を生み出し続けることが絶対条件であり、そのためにゲインライン突破が不可欠なのです。
攻撃の選択肢が増えるメカニズム
「フロントフット(前重心)」で攻撃できているときは、攻撃の選択肢(オプション)が格段に増えます。
ゲインラインを突破してボールが素早く出れば、守備側は前に出てプレッシャーをかける余裕がなくなります。すると、攻撃側の司令塔(スタンドオフなど)は、パスをするのか、自分で走るのか、キックを使うのか、落ち着いて判断する時間を得られます。
また、ディフェンスが下がっているため、外側のスペースにボールを回す余裕も生まれます。ウイングなどの俊足選手が活きるのは、その前の段階でフォワードたちがゲインラインを突破し、スペースを作ってくれているからこそなのです。
相手の反則を誘発しやすくなる
守備側が後退を強いられると、どうしても焦りが生まれます。
「早く止めなければ」という焦りから、オフサイドライン(守備側が守らなければならないライン)を超えて前に出てしまったり、タックルの後の密集で無理にボールを奪おうとして反則を犯したりする確率が高くなります。
ペナルティを得られれば、タッチキックで大きく陣地を挽回したり、ゴールキックで3点を狙ったりすることができます。ゲインラインを突破し続けることは、相手に強烈なプレッシャーを与え、規律を乱すための有効な手段でもあるのです。
このように、ゲインライン突破は単なる前進以上の「戦術的優位性」をもたらす最強の武器なのです。
ゲインラインを突破するための具体的なプレーと戦術

では、屈強な男たちが壁を作って待ち構えている中で、どうやってゲインラインを突破すればよいのでしょうか。
ただ闇雲に突っ込むだけでは、すぐに止められてしまいます。ここでは、選手たちが駆使している具体的なテクニックと戦術を紹介します。
フォワードによるフィジカルバトル
最も基本的かつ力強い方法が、フォワードの選手による「縦への突進」です。
スクラムハーフから短いパスを受けたプロップやナンバーエイトなどの大型選手が、相手のディフェンスラインの最も近いところへ全力で走り込みます。
ここで重要なのは、ただぶつかるのではなく「低く、強く、足をかき続ける」ことです。相手タックラーよりも低い姿勢で当たり、コンタクトした後も足を止めずにドライブ(前進)することで、数人がかりで止められても1メートル、2メートルとゲインラインを越えていきます。
これを「ピック&ゴー」や「ワンアウト」などと呼び、攻撃の起点を作るために欠かせない泥臭い仕事です。
バックスによるスピードとステップワーク
体が大きなフォワードに対して、バックスの選手はスピードと技で勝負します。
真正面からぶつかるのではなく、相手のタックルが届かない位置へ素早く走るコースを変える「アングルチェンジ」が有効です。ディフェンダーの目の前から急に消えるようなステップや、内側に切れ込むと見せかけて外へ逃げる動きなどで、相手の体勢を崩します。
相手のタックルが「芯」で入れないようにズラすことで、コンタクトの衝撃を和らげ、そのまま前に抜け出すことができます。これを「ソフトショルダー」と呼ぶこともあります。
パスワークとサインプレーでの崩し
個人の力だけでなく、連携プレーで突破する方法もあります。
例えば、ボールを持った選手の近くに、おとりの選手(デコイランナー)を走らせることで、ディフェンスの注意を引きます。守備側が「誰に来るんだ?」と迷った瞬間に、別の選手にパスを通したり、裏を通したりするサインプレーです。
また、素早いパス回しでボールを外側へ運び、守備側の人数が足りない状況(オーバーラップ)を作り出すのも効果的です。外側の広いスペースであれば、タックルを受けずにゲインラインを楽々と越えることができます。
キックを使った裏への抜け出し
手で持って進めないなら、足を使うという手もあります。
ディフェンスラインが前に出てきて壁が堅い場合、その背後には広大なスペース(無人の野)が広がっています。そこへショートパントやグラバーキック(ゴロキック)を転がし、足の速い選手が走り込んでボールを再獲得する方法です。
これは守備側にとって最も怖いプレーの一つです。一気に背走させられるため、もしボールを取られたとしても、ディフェンスラインを大きく下げざるを得ません。
最近のラグビーでは、スタンドオフだけでなく、センターやウイングの選手も巧みなキックを使ってゲインライン突破を狙うシーンが増えています。
ゲインライン攻防における「接点」の激しさ

ゲインラインを突破するか、されるか。その勝負の瞬間は「接点(ブレイクダウン)」と呼ばれる、タックルが成立した地点で決まります。
テレビ画面ではボールが動いているところに目が行きがちですが、実はボールがないところでの体の張り合いこそが、ゲインライン突破を支えています。
タックル成立後の数秒間が勝負
ボールを持った選手がタックルを受けて倒れた直後の「1秒〜2秒」が非常に重要です。
倒れた選手は、すぐにボールを手放さなければいけませんが、その際にいかに「自分たちの陣地側(後方)」にボールを置けるか、あるいは体をひねって少しでも前にボールを突き出せるかが問われます。
これを「ボールプレゼンテーション」と言います。良い形でボールを置くことができれば、次の攻撃への移行がスムーズになり、実質的にゲインラインを維持・前進させたことになります。
オフロードパスでラインを超え続ける
タックルを受けながら、倒れる前に味方にパスをつなぐプレーを「オフロードパス」と言います。
これが決まると、守備側はタックルで一人を止めたにも関わらず、攻撃が終わらないため、ディフェンスシステムが完全に崩壊します。ゲインラインを突破した状態でさらにパスがつながるため、一気にビッグゲイン(大幅な前進)やトライにつながる可能性が高まります。
フィジー代表などのアイランダー系チームが得意とするプレーですが、近年では日本代表を含め世界中のチームが積極的に取り入れています。
ただし、失敗するとボールを落として相手に渡してしまうリスクもあるため、高度なスキルと判断力が求められます。
サポートプレーヤーの動きと役割
ボールを持っていない選手の動きにも注目してください。
ボールキャリアーがゲインラインを突破しようと突っ込むとき、必ずそのすぐ後ろや横に、2〜3人の味方が猛スピードで追走しています。
彼らは、もしボールキャリアーが倒されたら、即座に相手の守備選手を押し出し(オーバー)、ボールを守る役割を担っています。これを「ラッチ」や「サポート」と呼びます。
「一人が突破して終わり」ではなく、「一人が突破した穴を、後ろの仲間がこじ開けて確保する」ことで、初めてチームとしてのゲインライン突破が完了するのです。
観戦のポイント:
ボールを持った選手だけでなく、その選手がぶつかった瞬間に、周りの選手がどれだけ素早く集まっているか(寄りの速さ)に注目すると、チームの好調さがわかります。
ゲインライン突破が得意な選手の特徴と役割

最後に、どのような選手がゲインライン突破の役目を担っているのか、ポジションごとの特徴を見ていきましょう。
特定の選手に注目して応援するのも、ラグビー観戦の醍醐味の一つです。
ボールキャリアーとしてのフランカーやNo.8
フォワードの中でも、第3列(バックロー)と呼ばれるフランカー(FL)やナンバーエイト(No.8)は、チーム随一のボールキャリアー(ボールを持って走る役)です。
彼らはパワーとスピードを兼ね備えており、密集サイドやフィールドの中央で何度もボールをもらい、体を張ってゲインラインを割りに行きます。
世界的なナンバーエイトの選手などは、相手を引きずりながら5メートル、10メートルと進むことも珍しくありません。「困ったときは彼にボールを預ける」という、チームの突破役です。
ゲームを作るスタンドオフの判断力
背番号10をつけるスタンドオフ(SO)は、直接体でぶつかるよりも、パスやキックで「どこでゲインラインを突破するか」をデザインする指揮官です。
相手のディフェンスの隙を見つけ、走り込んでくるフォワードに絶妙なタイミングでパスを出したり、裏のスペースへキックを蹴ったりします。
もちろん、隙があれば自ら鋭いステップで抜け出すこともあります。彼らの判断一つで、堅いディフェンスラインが一瞬で崩れる様は圧巻です。
ラインブレイカーとしてのセンターとウイング
バックスの中でも、特に「突破(ブレイク)」を期待されるのがセンター(CTB)とウイング(WTB)です。
センターは、フォワードに近い位置で体をぶつけて突破するパワープレーと、パスで味方を活かす器用さの両方が求められます。特に12番のインサイドセンターは、「切り込み隊長」として何度も突進を繰り返します。
そしてウイングは、チームで一番の俊足選手が務めます。外側のスペースでボールをもらい、スピードに乗って一気にゲインラインを越え、そのままトライまで持ち込む「フィニッシャー」です。
彼らがボールを持ったときは、スタジアム全体が「抜けるぞ!」と期待感に包まれます。
まとめ:ゲインライン突破を理解してラグビーをもっと楽しもう
ラグビーにおける「ゲインライン」とは、単なるフィールド上の位置を示す言葉ではありません。それは、チームの勢い、心理的な優位性、そして勝利への執念がぶつかり合う、まさに戦場の最前線です。
今回の解説のポイントを振り返ってみましょう。
・ゲインラインは、プレーの起点から引かれた「仮想のライン」である。
・このラインを突破することで、攻撃のリズム(クイックボール)が生まれる。
・逆に突破されると、守備側は後退を強いられ、組織が崩れる。
・フォワードのパワー、バックスのスピード、キックなど、あらゆる戦術はこのラインを越えるためにある。
次の試合観戦では、ぜひボールの動きだけでなく、この「見えないライン」を意識してみてください。
「今、ゲインラインを越えたからチャンスだ!」
「押し戻されたけど、次はどう立て直すんだろう?」
そんな視点を持つだけで、今まで何気なく見ていたタックル一つ一つに、深い意味とドラマがあることに気づくはずです。ゲインライン突破の瞬間こそ、ラグビーというスポーツのダイナミズムが凝縮されています。
ぜひ、選手たちの体を張った「1メートルの攻防」に熱い声援を送ってください。



