ラグビーの試合を見ていると、ディフェンス側の選手たちが一列になって、横へ横へとスライドしながら動いているシーンを目にすることはありませんか?「どうして前に出てタックルしないんだろう?」と不思議に思う方もいるかもしれません。実はこれ、「ドリフトディフェンス」と呼ばれる、非常に高度で計算された守備戦術の一つなのです。
ドリフトディフェンスは、相手に攻め込まれているピンチの状況を、チーム全員の連携でしのぎ切るための重要なテクニックです。この動きの意味を知ると、トライを奪われそうなハラハラする場面でも、「あえて横に流しているんだな」と冷静に戦術を楽しめるようになります。今回は、このドリフトディフェンスの仕組みやメリット、そして観戦時に注目したいポイントについて、ラグビー初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
ドリフトディフェンスとは?守りの基本を知ろう

ラグビーのディフェンスには大きく分けていくつかのシステムがありますが、その中でも「ドリフトディフェンス」は、守備の安定性を高めるために欠かせない戦術です。まずは、この言葉が何を意味するのか、どのような動きをするものなのか、基本的な部分から丁寧に紐解いていきましょう。
横にスライドして守る「流し」の守備
ドリフトディフェンスを一言で表すと、「ディフェンスラインを前には上げず、ボールの動きに合わせて横方向へスライドしながら守る戦術」のことです。日本のラグビー現場では、その動きの見た目から「流し」や「流しディフェンス」と呼ばれることもよくあります。
通常、ディフェンスといえば「相手に近づいてタックルする」というイメージが強いかもしれません。しかし、ドリフトディフェンスでは、あえて急いで前には出ません。その代わり、相手がパスを回してボールを外側に運ぶのに合わせて、守る側も一緒になって横へ横へと移動(ドリフト)していきます。
まるで川の水が流れるように、ディフェンスライン全体が斜め後ろ方向へスライドしていく動きが特徴です。目の前の相手にすぐに飛び込まず、我慢して横に動き続けることで、相手のアタックラインと並走するような形を作ります。これにより、防御網に穴を開けずに、面として守り続けることを目指します。
タッチラインを「16人目の味方」にする
ドリフトディフェンスの最大の狙いは、相手をフィールドの端っこ、つまり「タッチライン」の方へ追い込むことにあります。ラグビーには「タッチラインの外に出たらプレーが止まる」というルールがあります。守備側にとって、タッチラインは絶対に抜かれることのない壁であり、強力な味方と言える存在です。
ディフェンス側が横へ横へと流れることで、ボールを持った攻撃側の選手は、空いているスペースを探してどんどん外側へ走らざるを得なくなります。しかし、外側へ行けば行くほど、フィールドの幅は狭くなり、最終的にはタッチラインに行き当たります。
「どうぞ外側へパスを回してください」と誘うように守り、相手がグラウンドの端に追い詰められたところで、逃げ場をなくして仕留める。これがドリフトディフェンスの真髄です。この時、タッチラインはまさに「16人目のディフェンダー」として機能し、相手のアタックを自然と封じ込めてくれるのです。
どんな場面で使われる戦術なのか
では、選手たちはどのような状況でこのドリフトディフェンスを選択するのでしょうか。最も典型的なシチュエーションは、「ディフェンスの人数が足りていない時」です。これをラグビー用語で「数的不利」や「オーバーラップ」と呼びます。
例えば、攻めてくる相手が4人いるのに、守る自分たちが3人しかいない場合を想像してみてください。もし、自分たちが真っ直ぐ前に出て一人一人にタックルに行こうとすると、どうしても一人分余ってしまい、フリーになった相手選手に簡単に抜かれてしまいます。
このような絶体絶命のピンチの時にこそ、ドリフトディフェンスが輝きます。前に出ずに横へ流れることで、時間を稼ぎながら外側のスペースを埋めていきます。3人で4人を守るために、内側の選手から順にマークを受け渡し、一番外側で追いつくことを目指すのです。ピンチを凌ぐための「粘りのディフェンス」として、試合の勝敗を分ける重要な場面で多用されます。
個人の判断ではなく「チームの意思」
重要なのは、ドリフトディフェンスは個人の気まぐれで行うものではないという点です。一人の選手が勝手に「今日は疲れたから流して守ろう」と判断して行うものではありません。隣の選手、そのまた隣の選手と意思を統一して行わなければ、守備ラインに段差ができてしまい、そこを突破されてしまいます。
チーム全体、あるいはその局面に関わる選手たちが「今は人数が足りないから流そう(ドリフトしよう)」と瞬時に判断し、声を掛け合って実行します。全員が同じ絵を描いて動く、高度な連携プレーなのです。
ドリフトディフェンスは、個人のタックル力だけでなく、チームワークとコミュニケーション能力が問われる戦術だと言えるでしょう。
シャローディフェンス(詰め)との違いを理解する

ドリフトディフェンスをより深く理解するためには、対照的な戦術である「シャローディフェンス」との違いを知ることが一番の近道です。「詰め」とも呼ばれるこの戦術と比較することで、それぞれの特徴や、なぜ使い分ける必要があるのかが見えてきます。
前に出る「シャロー」と横に動く「ドリフト」
「シャローディフェンス(Shallow Defence)」は、その名の通り浅い位置で相手を止めることを目的とした戦術です。日本では「詰めディフェンス」や「プレスディフェンス」とも呼ばれます。ドリフトディフェンスが「横」に動くのに対し、シャローディフェンスは「前」に出る動きが基本となります。
ボールが相手のスクラムハーフなどから出た瞬間、ディフェンスライン全体が一斉にダッシュして前へ飛び出します。相手のアタックラインとの距離を一気に縮め、ボールを持っている選手に「考える時間」や「パスをする余裕」を与えないようにします。
ドリフトが「待ち」の姿勢で相手を外へ誘導するなら、シャローは「攻め」の姿勢で相手の懐に飛び込んでいくイメージです。このベクトル(方向)の違いが、最大の特徴です。試合中、選手たちが前にガツガツ出ているのか、それとも横にスライドしているのかを見るだけで、そのチームが今どちらのシステムを採用しているかが分かります。
攻撃的か、守備的か
シャローディフェンスは非常に攻撃的な守備と言えます。相手がスピードに乗る前にタックルに入ることができるため、成功すれば相手を後退させたり(ゲインを許さない)、ボールを落とさせる(ノックオンを誘う)ことができます。さらには、パスコースに入り込んでインターセプト(パスカット)を狙うことも可能です。
一方、ドリフトディフェンスは比較的守備的なアプローチです。相手をゼロメートルで止めることよりも、「抜かれないこと」「トライを取られないこと」を最優先にします。多少の前進(ゲイン)は許容しつつ、最終的にタッチライン際で止めればOKという考え方です。
サッカーに例えるなら、シャローは前線から激しくボールを奪いに行くハイプレス、ドリフトは自陣でブロックを作ってスペースを消すリトリートのような関係に近いかもしれません。どちらが優れているということではなく、状況に応じた使い分けが求められます。
リスクとリターンの関係
この二つの戦術には、それぞれリスクとリターンがあります。シャローディフェンスは、成功すれば相手を大きく押し戻せる「ハイリスク・ハイリターン」な戦術です。もし一人が飛び出しすぎて抜かれたり、タイミングがずれてパスを通されたりすると、背後に広大なスペースがあるため、一気に独走トライを許す危険性があります。
対してドリフトディフェンスは、「ローリスク・ミドルリターン」と言えるでしょう。前に出ない分、相手を押し戻すようなビッグプレーは生まれにくいですが、一発で裏に抜けられるリスクを最小限に抑えられます。じわじわと追い詰めて、相手のミスを誘ったり、タッチラインへ押し出したりすることで、安全にボールを奪い返すことを狙います。
チームの戦略や、対戦相手の特徴によっても選択は変わります。パス回しが上手な相手には、下手に飛び込むと裏を取られるのでドリフト気味に守ることもありますし、逆にパスが苦手な相手にはシャローで圧力をかけることもあります。この駆け引きもラグビーの面白さの一つです。
【比較まとめ】
■ドリフトディフェンス(流し)
・動き:横へスライド
・狙い:外へ追い込む、時間を稼ぐ
・特徴:守備的、リスク回避重視
■シャローディフェンス(詰め)
・動き:前へダッシュ
・狙い:時間を奪う、ボールを奪取する
・特徴:攻撃的、圧力重視
ドリフトディフェンスを採用する4つのメリット

現代ラグビーにおいても、ドリフトディフェンスは非常に有効な手段として多くのチームで採用されています。なぜ、あえて前に出ずに流すのか。そこには、試合の流れをコントロールするための明確なメリットが4つ存在します。
1. 数的不利(人数不足)でも守りやすい
ドリフトディフェンス最大のメリットは、何と言っても「人数が足りない状況をカバーできる」点にあります。ラグビーでは、タックルが起きた地点(ブレイクダウン)に多くの選手が巻き込まれるため、一時的に防御ラインの人数が減ってしまうことが頻繁に起こります。
相手が余っている状態で真っ直ぐ前に出ると、ディフェンスとディフェンスの間(ギャップ)を簡単に突かれてしまいます。しかし、ドリフトして外側の選手へマークを受け渡していくことで、3人で4人、あるいは2人で3人といった数的不利な状況でも、相手のアタックについていくことができます。
外側のスペースを埋めるように動くことで、相手は数的優位を活かして真っ直ぐ抜くことができず、パスを回さざるを得なくなります。そうやってパスを繋がせている間に、ディフェンス側は距離を調整し、最後の局面で人数を合わせることが可能になるのです。
2. 大きな突破(ビッグゲイン)を防ぐ
「一発でトライまで持っていかれる」という最悪の事態を防ぐことができるのも、大きな利点です。前に出るディフェンスは、抜かれた瞬間に置き去りにされてしまいますが、ドリフトディフェンスは相手と並走するような形になるため、万が一抜かれそうになっても、すぐに追いついてタックルできる可能性が高くなります。
また、ディフェンスライン全体が後ろに下がりながら層を作る形になるため、裏のスペースへのキックパスなどに対しても対応しやすくなります。防御網が崩壊しにくく、粘り強く守ることができるため、大量失点を防ぎたい時間帯や、格上の相手と戦う際に重宝されます。
「少しずつ前進されてもいいから、決定的な突破だけは許さない」という考え方は、試合運びを安定させる上で非常に重要です。
3. 味方の戻りを待つ時間を稼げる
ドリフトディフェンスは時間を稼ぐ戦術でもあります。相手をすぐに止めずに、あえて泳がせてパスを回させることで、プレーにかかる時間を長くさせることができます。
この時間が非常に重要です。ブレイクダウンやスクラムなどで倒れていた味方の選手たちが、起き上がってディフェンスラインに戻ってくるまでの時間を稼ぐことができるからです。最初は人数が足りなくてピンチだったとしても、ドリフトして時間を稼いでいる間に、内側から味方が戻ってきて加勢してくれれば、最終的には人数が揃って守り切ることができます。
ラグビーは「立ってプレーする」スポーツです。倒れている選手が復帰するまでの数秒間を、チーム全員の流れるような動きで稼ぎ出す。まさに組織力のなせる業と言えるでしょう。
4. 連携ミスによるギャップができにくい
シャローディフェンスのように急激に前に飛び出す動きは、選手間の呼吸を合わせるのが難しく、一人でも遅れるとそこに大きな穴(ギャップ)ができてしまいます。しかし、ドリフトディフェンスは相手のスピードに合わせて動くため、ラインの足並みを揃えやすいという特徴があります。
隣の選手との距離感を保ちながら、壁のように動くことができるため、個々の判断ミスや連携ミスが起きにくくなります。特に、まだ連携が熟成されていないチームや、急造のメンバー構成で戦う場合などには、ドリフトディフェンスの方が安全に守れるケースが多いのです。
安定感と確実性を重視するなら、ドリフトディフェンスに軍配が上がる場面は多いのです。
知っておきたいドリフトディフェンスのデメリット

どんな戦術にもメリットがあれば、必ずデメリットも存在します。ドリフトディフェンスも万能ではありません。弱点を知ることで、なぜ選手たちが時には「詰め」を選択するのか、その理由も深く理解できるようになります。
1. 相手に前進(ゲイン)を許しやすい
最大のデメリットは、「前に出ない=相手に土地を明け渡す」ということです。ドリフトしながら守るということは、タックルする位置が本来のスタート地点よりも後ろになることを意味します。
相手のアタックに対して下がりながら対応するため、どうしても数メートル、時には10メートル以上も前進を許してしまいます。ラグビーは陣取り合戦の要素が強いため、ズルズルと下がって自陣深くに入り込まれることは、それだけでピンチを招くことになります。
特に自陣のゴールラインを背負った状況では、これ以上下がることができないため、ドリフトディフェンスを使うことは難しくなります。スペースを捨ててでも守るのか、それともリスクを冒して前に出るのか、その判断が常に求められます。
2. 相手に考える余裕を与えてしまう
相手との距離をすぐに詰めないため、ボールを持っている攻撃側の選手に「時間」と「スペース」を与えてしまいます。これは、スキルの高い選手相手だと致命的になりかねません。
プレッシャーが少ない状態であれば、相手は落ち着いて周りを見渡し、正確なロングパスを放ったり、誰もいないスペースへキックを蹴り込んだりと、自由な発想で攻撃を組み立てることができます。相手の司令塔(スタンドオフなど)に余裕を与えすぎると、ドリフトディフェンスの網をあざ笑うかのように、意図的に崩されてしまう危険性があるのです。
「待つディフェンス」は、相手がミスをしてくれるのを待つ側面がありますが、相手のレベルが高ければ高いほど、ミスは期待できなくなります。
3. 内側への切り返しに弱い
ドリフトディフェンスは、外側(タッチライン方向)へ意識が向いているため、逆方向である「内側」への急な切り返しに弱いという構造的な弱点があります。
ディフェンダーの体や視線が外に向いて流れている時に、ボールを持った相手選手が急ブレーキをかけ、内側のスペースへ角度を変えて突っ込んでくる(カットイン)と、逆を突かれて対応できないことがあります。これを「インサイドブレイク」と呼びます。
流れる動きの中で、逆方向へタックルに戻るのは物理的に非常に困難です。ステップワークの鋭い選手や、フィジカルの強い選手に内側をこじ開けられると、外へ追い込むというプラン自体が崩壊してしまいます。これを防ぐためには、内側の選手がサボらずにカバーし続ける必要があり、運動量が求められます。
実践!ドリフトディフェンス成功のコツ

もしあなたがプレーヤーで、ドリフトディフェンスを実践したいと考えているなら、あるいは観戦者として成功のカギを知りたいなら、以下の3つのポイントに注目してください。ただ横に走るだけではない、奥深いテクニックがそこにはあります。
「出ない」我慢とポジショニング
ドリフトディフェンスで一番難しいのは、実は「我慢すること」です。目の前にボールを持った相手が走ってくると、本能的に「止めなきゃ!」と思って前に飛び出したくなります。しかし、そこで一人が飛び出してしまうと、ラインの連結が切れて、そこが穴になります。
「行きたいけれど、行かない」。この自制心が不可欠です。自分の正面にいる相手だけでなく、その外側にいる相手選手の位置も視野に入れながら、じりじりと距離を保つポジショニングが求められます。
観戦時には、ディフェンスの選手が相手を引きつけるように、あえてタックルに行かずに走っている姿に注目してください。それは決して消極的なのではなく、次の瞬間に外側で仕留めるための計算された「タメ」の動きなのです。
隣とのコミュニケーション(マークの受け渡し)
ドリフトディフェンスは、バケツリレーのように相手選手(マーク)を隣の味方へ受け渡していく作業です。この時、声によるコミュニケーションがないと必ず失敗します。
内側の選手は「俺は内側を見るから、お前は外へ行っていいぞ!」と伝え、外側の選手は「OK、任せろ!」と応えます。ラグビーの試合中によく聞こえる「プッシュ!プッシュ!(外へ押し出せ)」や「ドリフト!」といった掛け声は、まさにこの連携を確認し合っているサインです。
この受け渡しがスムーズに行われると、まるで自動ドアのようにディフェンスラインが開閉し、相手をスムーズに外へ誘導できます。逆に声が出なくなると、誰が誰を見るのか分からなくなり、二人で一人の相手に行ってしまうなどのミスが起こります。
体の向きと追い込むコース取り
足の運び方や体の向きも重要です。ドリフトディフェンスをする際、選手は完全に相手と正対(正面を向くこと)しているわけではありません。やや体を外側(タッチライン方向)に向け、半身のような姿勢で走ることが多いです。
これは、外側へのダッシュに対応しやすくするためと、相手に対して「内側は壁があるけれど、外側なら空いているよ」と視覚的に誘導するためです。相手を罠にかけるようなコース取りをするわけです。
そして、最終的にタッチライン際まで追い込んだら、最後の選手(ウイングやフルバック)がコースを完全に塞いでタックルに入ります。この時、内側から追いかけてきた味方選手も戻ってきて、二人掛かりで相手を外へ押し出すことができれば完璧です。
「追い込んで、挟んで、出す」。これがドリフトディフェンスの理想的なフィニッシュです。
まとめ
ラグビーにおける「ドリフトディフェンス」は、単なる消極的な守りではなく、数的不利な状況を打破し、チーム全体でゴールラインを死守するための賢い戦術であることを解説してきました。
ここで改めて、ドリフトディフェンスの要点を振り返ってみましょう。
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前に出ず、横へスライドして相手を外へ追い込む守備戦術。
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タッチラインを「16人目のディフェンダー」として活用する。
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人数が足りないピンチの場面(オーバーラップ)で特に有効。
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「シャロー(詰め)」とは対照的で、リスクを抑えて粘り強く守るスタイル。
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我慢強さ、隣との密な連携、正確なポジショニングが成功のカギ。
一見すると、激しいタックルや突進といった派手なプレーに目が行きがちなラグビーですが、こうした組織的なディフェンスの動きに注目すると、試合の奥深さがぐっと増します。「あ、今わざと流して守っているな」「タッチライン際でハメようとしているな」と気づけるようになれば、あなたはもうラグビー通の仲間入りです。
ドリフトディフェンスというキーワードを通して、選手たちがピッチ上で瞬時に行っている高度な頭脳戦を、ぜひ楽しんで観戦してみてください。



