ラグビーの試合を見ていると、常にボールのある場所に現れ、激しいタックルで相手をなぎ倒し、密集地帯(ブレイクダウン)で泥だらけになって戦っている選手たちがいます。彼らこそが「フランカー(FL)」です。背番号6番と7番を背負う彼らは、チームのために体を張り続ける「仕事人」として、勝利のカギを握る極めて重要なポジションです。派手なトライを取るバックスとはまた違う、玄人好みのカッコよさが詰まったフランカーについて、その役割や魅力をわかりやすく解説します。
ラグビーのフランカー(FL)とはどんなポジション?

ラグビーには15人の選手がいますが、その中でもフォワード(FW)と呼ばれる前の8人の一角を担うのがフランカーです。まずは、フランカーというポジションの基本的な位置づけや名前の意味について詳しく見ていきましょう。
背番号6番と7番が担うチームの「仕事人」
フランカーは、背番号「6番」と「7番」をつける2人の選手のことです。彼らはフォワード陣の中でも特に運動量が豊富で、フィールドのあらゆる場所に顔を出します。スクラムやラインアウトといったセットプレーに参加するのはもちろんですが、それ以上にフィールドプレーでの貢献が求められるポジションです。
チーム内で「最もタックル回数が多い選手」や「最も走行距離が長い選手」は、このフランカーであることが珍しくありません。誰かがミスをしたときにカバーに入ったり、ピンチの場面で相手を止めたりと、目立たない場所でも常にハードワークを続けるため、チームメイトからの信頼が非常に厚い「仕事人」ポジションと言えます。
スクラムでの役割と位置取り
フォワードの象徴である「スクラム」において、フランカーは最後尾のナンバーエイト(8番)の左右に位置し、プロップ(1番・3番)のお尻を押すような形でセットします。しかし、最前列の選手ほどガッチリと固定されているわけではありません。
フランカーはスクラムにただ力を加えるだけでなく、「スクラムから誰よりも早く飛び出す」という重要な任務を持っています。ボールが出た瞬間にスクラムから離れ(ブレイク)、相手の攻撃を妨害したり、味方の攻撃をサポートしたりするためにダッシュします。スクラムを押しつつも、常に周囲の状況を観察し、次の動き出しに備えているのがフランカーの特徴です。
「フランカー」という名前の由来
「フランカー(Flanker)」という言葉は、軍事用語や建築用語で「側面」や「側衛」を意味する「Flank(フランク)」から来ています。スクラムの側面(サイド)に位置することからこの名前がつきました。
かつては単にスクラムの横にいるだけの役割でしたが、近代ラグビーではその役割が進化し、側面から神出鬼没に現れてボールに絡む、まさに遊撃手のような存在へと変わりました。海外では「ルースフォワード(Loose Forward)」と呼ばれることもあり、これはスクラムにゆるく(Loose)結合し、自由に動き回れるフォワードという意味が含まれています。
フランカーに求められる重要な役割とプレー

フランカーが試合中にこなすべきタスクは山ほどあります。その中でも、フランカーの代名詞とも言える4つの主要な役割について解説します。これを知っているだけで、試合観戦の解像度がグッと上がります。
相手を倒し続ける強烈なタックル
フランカーの最大の仕事は「ディフェンス」です。特に、相手の攻撃の芽を摘むためのタックルは欠かせません。フランカーは、相手チームの強力なランナーに対して、恐怖心を抱かずに突き刺さるようなタックルを繰り返します。
単に倒すだけでなく、相手を仰向けに倒してボールを出させないようにしたり、二人掛かりでタックルしてボールを奪い取ったりと、状況に応じた高度なタックルスキルが求められます。1試合で20回近くタックルを成功させる選手もおり、その献身的な姿勢がチームの士気を高めます。
ボールを奪い取る「ジャッカル」の技術
現代ラグビーにおいて、フランカーの価値を決定づけると言っても過言ではないのが「ジャッカル」というプレーです。これは、タックルされて倒れた相手選手から、立ったままの状態でボールを奪い取る技術のことです。
ジャッカルが成功すると、相手の攻撃が終わるだけでなく、相手の反則(ノット・リリース・ザ・ボール)を誘うことができ、一気に自チームのチャンスとなります。しかし、猛スピードで突っ込んでくる相手選手たちがいる密集地帯に、頭から体をねじ込む必要があるため、怪我のリスクも高い非常に勇気のいるプレーです。一瞬の判断力と強靭な足腰を持つフランカーだけが、このビッグプレーを成功させることができます。
豊富な運動量とフィットネス
フランカーは、80分間走り続けるスタミナ(フィットネス)が必須です。キックオフからノーサイドの笛が鳴るまで、常にボールがある場所へ走り続けます。アタックでは味方のサポートに走り、ディフェンスではすぐに起き上がって次のポイントへ移動します。
トップレベルの試合では、フランカーの走行距離は7km〜8kmにも及ぶことがあり、その多くがジョギングではなく全力疾走や激しいコンタクトを伴うものです。「倒れてもすぐに起き上がる」動作を何十回も繰り返すため、心肺機能だけでなく、乳酸が溜まっても動き続けられる筋持久力が求められます。
攻撃のサポートとボールキャリー
守備の人というイメージが強いフランカーですが、攻撃面でも重要な役割を果たします。バックス陣がラインブレイク(突破)した際、誰よりも早くサポートに駆けつけてパスをもらい、トライを決めるのもフランカーの仕事です。
また、密集サイド(ラックの脇)など、スペースが狭く相手の守備が厚い場所にあえて突っ込み、少しでも前進して味方の攻撃リズムを作る「ボールキャリー」も行います。派手なステップで抜くというよりは、力強く前に出て確実にボールを味方につなぐ、いぶし銀の働きが求められます。
オープンサイドとブラインドサイドの違い

先ほど「6番と7番」と説明しましたが、実はこの2つには明確な役割分担が存在することが一般的です。世界標準では「ブラインドサイドフランカー(6番)」と「オープンサイドフランカー(7番)」と呼ばれ、それぞれ異なる特性を持つ選手が配置されます。
6番:ブラインドサイドフランカーの特徴
背番号6番をつけることが多い「ブラインドサイドフランカー」は、スクラムを組んだ時に、タッチラインまでの距離が短い側(ブラインドサイド=狭い側)を担当します。
このポジションには、チームの中でも体が大きく、パワーのある選手が選ばれる傾向があります。主な役割は、狭いスペースでの激しい肉弾戦を制することです。相手の強力なフォワード選手をタックルで止めたり、ラック周辺の防御を固めたりと、フィジカルの強さを活かした「壁」のような役割を果たします。ラインアウトではジャンパーを務めることも多く、身長が高い選手が好まれます。
7番:オープンサイドフランカーの特徴
背番号7番をつける「オープンサイドフランカー」は、スクラムから見てタッチラインまでの距離が広い側(オープンサイド=広い側)を担当します。
このポジションの選手は、6番に比べて小柄でも構いませんが、圧倒的なスピードと俊敏性が求められます。広いスペースをカバーし、ボールの動きに合わせて素早く移動します。そして何より、オープンサイドフランカーは「ジャッカルのスペシャリスト」であることが多いです。ボールホルダーに素早く近づき、一瞬の隙を突いてボールを奪う能力に長けた選手が配置されます。常にボールを追いかける猟犬のようなプレースタイルが特徴です。
左右で役割を分けるチームスタイル
「オープン」と「ブラインド」で分けるのが世界の主流ですが、日本の一部のチームや学生ラグビーなどでは、シンプルに「左フランカー(6番)」「右フランカー(7番)」と固定する場合もあります。
この方式のメリットは、スクラムを組む際に毎回サイドを確認して入れ替わる必要がなく、セットが速くなることです。また、両方のフランカーに同じような能力(走れて当たれるオールラウンダー)を求める場合にも採用されます。ただし、現代ラグビーの戦術は高度化しているため、やはり役割を明確にしたオープン・ブラインド制を採用するチームが増えています。
両方のフランカーに共通する必須スキル
6番と7番でタイプは違えど、共通して持っていなければならないスキルがあります。それは「ブレイクダウン(ボール争奪戦)の知識と技術」です。
タックルした後の数秒間、レフェリーがどのような判定を下すか、相手がどう体を寄せてくるかを瞬時に判断し、反則を犯さずにボールを確保する技術は、フランカー全員に必須です。また、「痛いことを恐れないメンタリティ」も共通項です。誰も行きたくないような激しい密集に頭から突っ込む勇気がなければ、フランカーは務まりません。
【世界と日本の背番号の違い】
基本的には「6番=ブラインドサイド(パワー)」「7番=オープンサイド(スピード)」ですが、南アフリカ代表など一部の国やチームでは、伝統的にこの役割と背番号が逆になるケースや、あえて両方に大型選手を置くケースもあります。観戦時は「背番号」だけでなく、選手の体格やプレースタイルに注目すると、チームの戦術が見えてきます。
世界と日本で活躍する有名フランカーたち

フランカーというポジションのイメージをより具体的にするために、日本代表や世界で活躍する有名なフランカーを紹介します。彼らのプレー動画を検索してみると、ここまで説明した役割がよく理解できるはずです。
日本代表の象徴:リーチ・マイケル選手
ラグビー日本代表を長年支え続けるリーチ・マイケル選手は、世界的なフランカーの一人です。彼は6番(ブラインドサイド)を務めることが多く、その最大の武器は「圧倒的なタックル数」と「献身性」です。
試合の後半、誰もが疲れている時間帯でも、リーチ選手だけは運動量が落ちません。相手の大型選手に強烈なタックルを見舞い、すぐに起き上がって次のプレーに向かう姿は、チーム全体を鼓舞します。キャプテンシーも素晴らしく、言葉ではなく背中で語る、まさに理想的なフランカーです。
「ジャッカル」の名手:姫野和樹選手
姫野和樹選手はナンバーエイト(8番)で出場することも多いですが、フランカーとしての能力も極めて高い選手です。彼の代名詞といえば、やはり「ジャッカル」です。
彼のジャッカル成功率は世界トップクラスで、強豪国の選手たちも姫野選手が近くにいると警戒するほどです。タックルで相手を倒した直後、瞬時にボールに絡みつき、相手の反則を誘うプレーは「ジャッカル姫野」としてファンの間でも有名です。また、ボールを持って走る突進力も魅力の一つです。
世界のレジェンド:リッチー・マコウ
フランカーを語る上で絶対に外せないのが、元ニュージーランド代表(オールブラックス)のキャプテン、リッチー・マコウ氏です。「史上最高のオープンサイドフランカー(7番)」と称されます。
彼は決して大柄ではありませんでしたが、ボールへの嗅覚とブレイクダウンでの技術が神がかっていました。「常にボールがあるところにマコウがいる」と言われるほど、予知能力のようなポジショニングを見せ、数え切れないほどのターンオーバー(ボール奪取)を記録しました。世界中のフランカーがお手本とする、伝説の選手です。
最強のフィジカル:ピーターステフ・デュトイ
南アフリカ代表のピーターステフ・デュトイ選手は、現代ラグビーにおける「モンスター」のようなフランカーです。身長2メートル、体重110キロを超える巨体でありながら、誰よりも早く走り、誰よりも激しくタックルし続けます。
2019年のワールドカップ決勝でも、イングランド代表の攻撃をことごとく粉砕し、世界最優秀選手賞にも輝きました。ロック(LO)のようなサイズでフランカーの仕事を完璧にこなす彼の存在は、ラグビーのフィジカル化を象徴しています。
フランカーの観戦がもっと楽しくなる注目ポイント

ここまでの知識を持って試合を見れば、今まで以上にラグビーが面白くなるはずです。最後に、試合中にフランカーを見る際の具体的な注目ポイントを3つ紹介します。
ブレイクダウン(接点)での攻防
選手がタックルで倒れ、団子状態になった瞬間(ブレイクダウン)、ボールの行方ではなく、その中心に誰がいるかを見てください。背番号6番や7番が、相手選手と体をぶつけ合いながらボールを奪おうとしていれば、それがまさにフランカーの見せ場です。
レフェリーが笛を吹き、守備側にペナルティキックが与えられたなら、それはフランカーが見事に「ジャッカル」を決めた証拠かもしれません。「ナイスジャッカル!」と叫べるようになれば、あなたも立派なラグビー通です。
ディフェンスラインへのプレッシャー
相手チームがパスを回そうとしているとき、守備側から一人だけ飛び出してプレッシャーをかけている選手がいたら、それはおそらくフランカーです。
相手の司令塔(スタンドオフなど)に「余裕を持ってパスをさせない」ために、フランカーは常にプレッシャーをかけ続けています。ボールを持っていなくても、相手に近づくだけでミスを誘うことができる、目に見えないファインプレーに注目してみてください。
誰よりも早く起き上がる姿勢
試合中、フランカーは何度も地面に倒されます。タックルをして倒れ、ラックに入って倒れ、それでもすぐに「バネが入っているかのように」起き上がります。
もしテレビ観戦なら、カメラが引いた映像になったとき、倒れている選手が誰よりも早く起き上がり、必死に走って列に戻ろうとする姿を探してみてください。その選手がフランカーです。泥臭く、サボらないその姿勢こそが、ラグビーというスポーツの美しさを体現しています。
フランカーの役割と魅力を知れば試合観戦が数倍面白くなる
今回は、ラグビーのフランカーについて解説しました。フランカーは、6番と7番という背番号を背負い、タックル、ジャッカル、そして豊富な運動量でチームを支える「縁の下の力持ち」です。華麗なパスやランでトライを取るバックスに目が向きがちですが、そのボールを奪い返し、つなげているのはフランカーの献身的な働きがあるからです。
次にラグビーの試合を見るときは、ぜひボールの周辺で体を張り続けるフランカーに注目してみてください。「あの選手、またタックルしてる!」「あそこでボールを奪ったのは7番だ!」といった発見があれば、ラグビー観戦の楽しさは何倍にも広がります。激しく、そして美しいフランカーのプレーを、ぜひスタジアムや画面越しに応援してください。


