ラグビーの試合を観戦していると、スクラムやモールが組まれた瞬間に「ピーッ!」と笛が鳴り、試合が中断することがよくあります。その際、レフリーが腕を下に押し下げるようなジェスチャーをしているのを見たことはないでしょうか。これは「コラプシング」という反則が取られた合図です。
コラプシングは、ラグビーにおいて頻繁に発生する反則の一つですが、なぜその反則が取られたのか、観客席やテレビ画面からは少し分かりにくいこともあります。しかし、この反則の意味を知ることは、ラグビーの安全性を理解し、特にスクラムという高度な駆け引きを楽しむために非常に重要です。この記事では、コラプシングがどのような反則なのか、なぜ厳しく判定されるのか、そして選手たちはどのように対策しているのかについて、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。
コラプシングとはどのような反則なのか

まずは、コラプシングという言葉の意味と、ラグビーのルールにおいてどのような定義がなされているのか、基本的な部分から解説します。単に「崩れること」がすべて反則になるわけではありません。
意図的に崩す行為が対象
コラプシング(Collapsing)とは、英語で「崩壊する」「潰れる」といった意味を持つ言葉です。ラグビーにおいては、スクラムやモール、ラックといった密集戦において、プレーヤーが意図的にその形成を崩す行為を指します。具体的には、相手の重圧に耐えられなくなってわざと膝をついたり、相手を強引に引き倒したりするプレーがこれに該当します。重要なのは「意図的」であるかどうかという点ですが、結果的に崩れてしまった場合でも、安全上の観点から反則とみなされるケースが多くあります。
なぜ危険なプレーとされるのか
コラプシングが厳しく罰せられる最大の理由は、選手の安全を守るためです。特にスクラムでは、フォワードの選手たち合わせて800kg〜900kg、時には1トン近い重量がぶつかり合っています。そのような状態でスクラムが崩れると、最前列にいる選手(フロントロー)の首や背骨に強烈な負荷がかかり、脊髄損傷などの深刻な怪我につながるリスクがあります。ラグビーは激しいコンタクトスポーツですが、選手の生命に関わるような事故を防ぐために、崩す行為に対しては非常に厳しい目が向けられているのです。
反則が適用されるシチュエーション
コラプシングが適用される場面は、主に「スクラム」「モール」「ラック」の3つです。最も頻繁に見られるのはスクラムの場面です。両チームが組み合った瞬間に崩れたり、押し合いの最中に片方が耐えきれずに潰れたりした際にコールされます。次に多いのがモールです。ボールを持った選手を中心に塊となって前進しようとするモールに対し、防御側がそれを止めようとして引き倒す行為などが反則となります。ラックでのコラプシングもありますが、スクラムやモールに比べると発生頻度はやや低めです。
審判のジェスチャーと再開方法
試合中にコラプシングが起きた際、レフリーは特有のジェスチャーを行います。片手を前方に伸ばし、手のひらを下に向けて、上から下へと押し下げるような動作を繰り返します。これは「崩しましたよ」ということを視覚的に伝えています。コラプシングは「ペナルティ」という重い反則に分類されるため、相手チームにはペナルティキックが与えられます。これにより、タッチキックで陣地を大きく挽回したり、ゴールキックで3点を狙ったり、あるいはマイナスボールのスクラムを選択して攻め直したりすることが可能になります。
スクラムにおけるコラプシングの発生メカニズム

ここからは、コラプシングが最も多く発生する「スクラム」に焦点を当てて、なぜ崩れてしまうのか、その裏側にあるメカニズムを詳しく見ていきましょう。一見すると単に崩れただけに見えますが、そこには高度な技術と駆け引きが存在します。
フロントローの駆け引きと重圧
スクラムの最前列で体をぶつけ合う「フロントロー(プロップとフッカー)」の3人は、常にものすごい圧力と戦っています。スクラムを安定させるためには、相手と真っ直ぐに組み合い、力を逃さずに伝える必要があります。しかし、相手よりも優位に立とうとして、微妙に角度を変えて押そうとすることがあります。これを「アングルをつける」と言いますが、この角度が極端になると力のバランスが崩れ、スクラム全体がねじれるようにして倒壊してしまいます。この駆け引きの中で、耐えきれなくなった側が崩れ落ちるのが典型的なパターンです。
バインドや足の位置の影響
スクラムを組む際、プロップはお互いのジャージを掴む「バインド」を行います。このバインドの位置がずれていたり、緩かったりすると、相手の力を受け止めることができずに体勢が崩れます。また、足の位置も重要です。足を後ろに下げすぎると、姿勢が低くなりすぎて支えがきかなくなり、前のめりに倒れてしまいます。逆に足が前すぎると、相手の押しに抵抗できずに尻餅をつくような形になります。適切な足の位置と強固なバインドが維持できないと、自身の体を支えきれずにコラプシングを引き起こしてしまいます。
故意か事故かの判断基準
レフリーにとって最も難しいのが、その崩落が「意図的(故意)」なのか、それとも「力負けやスリップ(事故)」なのかを見極めることです。基本的には、スクラムが崩れた際に「先に体勢を崩した側」や「下方向に力を加えた側」が反則を取られます。例えば、相手のジャージを下に引っ張って引き倒した場合は明らかに故意とみなされます。一方で、両チームが同時にバランスを崩した場合は、一度スクラムを組み直す(リセット)こともあります。しかし、何度もリセットが続くと、試合進行の妨げや危険性を考慮して、どちらかの反則と判断される傾向にあります。
劣勢チームが犯しやすい理由
スクラムで押されているチーム、つまり劣勢にあるチームは、コラプシングを犯しやすくなります。相手の猛烈なプレッシャーを受けると、後ろに下がりたくないという心理から、どうしても姿勢が無理な形になりがちです。また、これ以上押されるとトライを奪われるというピンチの場面では、無意識のうちに膝をついてスクラムを終わらせようとしてしまうこともあります。もちろん、これは反則ですが、そのまま押し込まれて失点するよりは、一か八か反則覚悟で崩れてしまおうという、極限状態での心理が働くことも否定できません。
滑りやすいグラウンドコンディション
選手の技術や意図とは無関係に、環境要因でコラプシングが起きることもあります。雨の日や、芝生が緩いグラウンドでは、スパイクが地面にしっかりと刺さらず、踏ん張りが効かずに滑ってしまうことが多々あります。これを「スリップ」と呼びます。レフリーが明らかにスリップだと判断した場合は反則を取らずに組み直しになりますが、滑ったことが原因で相手を巻き込んで危険な崩れ方をした場合は、安全管理の責任を問われてコラプシングと判定されることもあります。天候が悪い試合では、スクラムの安定性が著しく低下するため、コラプシングが増える傾向にあります。
モールにおけるコラプシングの特徴

スクラムに次いでコラプシングが起こりやすいのが「モール」です。ラインアウトやフィールドプレーから発生するモールは、トライに直結する強力な武器ですが、ここでも崩す行為に対するルールが定められています。
ディフェンス側の意図的な崩し
モールにおけるコラプシングの多くは、ディフェンス側の選手による反則です。相手チームが結束して力強く前進してくるモールを止めるのは容易ではありません。そのため、モールの構成メンバーの足やジャージを掴んで引き倒したり、モールの中に潜り込んで下から崩そうとしたりする行為が見られます。これらはすべてコラプシングです。モールは立った状態でボールを運ぶプレーであり、それを無理やり倒すことは、中にいる選手が下敷きになる危険性が高いため、厳しく禁止されています。
オフェンス側の自滅パターン
攻撃側(オフェンス)がコラプシングを取られるケースもあります。これは、モールを押している最中に、味方選手がつまずいて倒れたり、バランスを崩して膝をついたりしてしまう場合です。攻撃側が意図的にモールを崩すメリットはほとんどありませんが、自分たちが崩れることでボールが出なくなり、相手の守備を妨害したとみなされたり、あるいは単にモールの形成を維持できなかったとして反則を取られることがあります。特に、ボールキャリアー(ボールを持っている選手)が、相手にコンタクトする前に自ら倒れ込んでしまうと、コラプシングやシーリング(ボールに覆いかぶさる反則)と判定されることがあります。
アンプレイアブルとの違い
モールに関しては、「コラプシング(反則)」と「アンプレイアブル(反則ではない中断)」の違いを理解しておくと観戦が楽しくなります。ディフェンス側がルールを守って正当にモールを止め、ボールが出ない状態(パイルアップ)に持ち込んだ場合は「アンプレイアブル」となり、ディフェンス側のスクラムで再開されます。これは素晴らしいディフェンスとして称賛されます。一方で、止めるために無理やり崩してしまった場合はコラプシングとなり、ペナルティが与えられます。つまり、崩さずに止めるか、崩して止めるかが、ナイスプレーと反則の分かれ目となります。
コラプシングを見分けるための観戦ポイント

観客席から見ていると、どっちが崩したのか全く分からないことが多いコラプシング。しかし、いくつかのポイントに注目することで、ある程度見分けることができるようになります。玄人好みの視点を紹介します。
プロップの背中と姿勢に注目
スクラムにおいて、コラプシングの原因を作ったかどうかを見分ける大きなヒントは、プロップ(1番と3番)の背中のラインにあります。理想的なスクラムでは、背中は地面と平行で真っ直ぐになっています。もし、どちらかのプロップのお尻が浮いていたり、背中が丸まっていたりする場合、その選手が良い姿勢を保てていない証拠です。姿勢が悪い選手は相手の圧力に耐えられず、結果として崩れる原因となりやすいため、レフリーもその選手を注視しています。
組んだ瞬間の高さと角度
スクラムを組む「セット」の掛け声とともに両チームがぶつかり合いますが、その瞬間の高さにも注目してください。どちらかのチームが極端に低く潜り込もうとしたり、逆に相手の上から覆いかぶさるような角度で組んだりすると、スクラムは不安定になります。特に、相手の胸の下に頭をねじ込むような組み方は、相手を無理やり持ち上げたり崩したりする意図があるとみなされやすいです。真っ直ぐ、かつ適正な高さで組めているチームは安定しており、そうでないチーム側で崩れが発生することが多いです。
レフリーの厳しさと傾向
実は、コラプシングの判定はレフリーによって多少の傾向の違いがあります。「安全第一」を最優先して少しでも崩れたらすぐに笛を吹くレフリーもいれば、多少崩れてもボールが出るならプレーを続行させる(アドバンテージを見る)レフリーもいます。また、試合の序盤で「今日はこの角度の押し方を厳しく取りますよ」というメッセージとして、早めに反則を取ることもあります。試合を見ながら「今日のレフリーはスクラムに厳しいな」とか「少し流してくれるな」といった傾向を掴むのも、観戦の醍醐味の一つです。
選手がコラプシングを防ぐための技術と対策

選手たちにとって、コラプシングでペナルティを取られることは大きな失点リスクにつながります。そのため、日々の練習でスクラムやモールを崩さないための身体作りと技術の習得に励んでいます。
体幹トレーニングと姿勢の維持
コラプシングを防ぐための基本は、相手の重さに負けない強靭な肉体を作ることです。特に重要なのが「体幹(コア)」の強さです。首、背中、腰周りの筋肉を鍛え上げることで、数百キロの圧力がかかっても姿勢(ボディポジション)を崩さずに耐えることができます。ラグビー界では、スクラムを組む際の理想的な姿勢を「タワー・オブ・パワー」と呼ぶことがあります。足の裏から背中、首まで力が真っ直ぐ伝わる姿勢を維持し続けることが、崩れないスクラムへの第一歩です。
正しいバインドと密着度
隣の選手との「結束(バインド)」も非常に重要です。個々の力が強くても、バラバラに動いていてはスクラムは安定しません。フッカーと両プロップがガッチリと体を密着させ、ロック(2列目)がしっかりと前に押し込むことで、8人が一つの塊となります。この密着度が高ければ高いほど、スクラムは崩れにくくなります。逆にバインドが緩むと、そこに隙間ができて力が分散し、相手に崩されるきっかけを与えてしまいます。選手たちは「パック(Pack)」と呼ばれるように、一塊になる技術を磨いています。
スパイクの選び方と足元の安定
技術面だけでなく、用具選びもコラプシング対策には欠かせません。特にフォワードの選手が履くスパイクは、地面をしっかりと捉えるために「スタッド(ポイント)」と呼ばれる突起部分が長く、金属製であることが一般的です。バックスの選手よりもスタッドの数が多く、グリップ力が高いものを選びます。足元が滑ってしまうと、どんなに良い姿勢をとっていても支えることができないため、グラウンドの状態に合わせてスタッドの長さをミリ単位で調整するなど、細心の注意を払っています。
まとめ:コラプシングとは安全を守るための重要なルール
コラプシングは、スクラムやモールを意図的に崩すことで発生する反則であり、ラグビーにおいて非常に頻繁に見られるルールの一つです。その背景には、「重い負荷がかかる密集戦で選手の大怪我を防ぐ」という、安全確保の強い目的があります。
スクラムでのコラプシングは、単に力が弱いから起きるという単純なものではなく、最前列の選手たちの高度な駆け引き、姿勢の崩れ、天候によるスリップなど、様々な要因が絡み合って発生します。観戦する際は、「どちらの姿勢が悪かったか」「誰が意図的に引いたか」といった点に注目してみると、今まで何が起きているか分からなかったスクラムの攻防が、より奥深く、面白く見えてくるはずです。安全でフェアなプレーを楽しむためにも、ぜひコラプシングという反則の意味を頭の片隅に置いて試合を観てみてください。



