ラグビーモールとは?観戦が10倍楽しくなる基本ルールと奥深い戦術を徹底解説

ラグビーモールとは?観戦が10倍楽しくなる基本ルールと奥深い戦術を徹底解説
ラグビーモールとは?観戦が10倍楽しくなる基本ルールと奥深い戦術を徹底解説
ルール・用語・反則

ラグビーの試合を見ていると、選手たちが立ったままお互いに密着し、大きな塊となって動いているシーンをよく見かけませんか?まるで「満員電車」がそのままフィールドを移動しているようなあの塊。あれこそが、ラグビーにおける最も力強く、かつ緻密な戦術の一つである「モール」です。

一見すると、ただ押し合っているだけの力比べに見えるかもしれません。しかし、その塊の中では、数センチ単位のポジション争い、相手の力を利用する計算、そしてレフリーとの駆け引きなど、驚くほど高度な頭脳戦が繰り広げられているのです。モールを理解することは、フォワード(FW)の職人芸を理解することであり、ラグビーというスポーツの奥深さに触れることでもあります。

この記事では、ラグビー初心者の方にもわかりやすく「モール」の定義から、ラックとの違い、観戦時に注目したいポイント、そして勝敗を分ける反則のルールまでを詳しく解説します。これを読めば、次の試合観戦で「ナイスモール!」と叫びたくなること間違いなしです。じっくりと、ラグビーの深淵なる世界へご案内します。

ラグビーモールとはどのようなプレーか?その定義と仕組み

ラグビーの試合中、密集戦は頻繁に発生しますが、「モール」と呼ばれる状態には明確な定義と成立条件があります。まずは、モールがどのような状態を指すのか、その基本的な仕組みから見ていきましょう。

モールの成立条件:3人の役者が揃う瞬間

モールが成立するためには、最低でも3人のプレーヤーが必要です。その内訳は、「ボールを持っている選手(ボールキャリア)」、「その味方選手1人以上」、そして「相手チームの選手1人以上」です。この3者が、お互いに身体を掴み合い(バインドし)、立った状態で接触している時に初めて「モール」という判定が下されます。

ここで最も重要なポイントは「全員が立っていること」です。もし誰かが膝をついていたり、地面に倒れていたりすると、それは別のプレー(ラックやタックルなど)として扱われることがあります。ボールキャリアを中心に、敵と味方が立ったまま身体を密着させ、お互いに押し合っている状態。これがモールの基本形です。

試合中、レフリーが「モール!」と声をかけることがありますが、これは「今、モールが成立しましたよ。これ以降のプレーはモールのルールで判定します」という合図です。この瞬間から、オフサイドラインの基準が変わったり、手を使ってボールを扱うことへの制限が変わったりするため、選手たちは一瞬で頭を切り替える必要があります。

ラックとの決定的な違いは「ボールの位置」

ラグビーを始めたばかりの方が最も悩みやすいのが、「モール」と「ラック」の違いです。どちらも選手が密集している状態ですが、見分けるポイントは非常にシンプルです。それは「ボールが地面にあるか、浮いているか」です。

「ラック」は、地面に転がっているボールを両チームが押し合って奪い合うプレーです。一方、「モール」は、選手がボールを手に持ったまま(地面につけずに)押し合うプレーです。つまり、密集の中でボールが誰かの手の中にあるならモール、地面にあるならラックと判断すれば、ほぼ間違いありません。

この違いは、戦術的に大きな意味を持ちます。ラックはボールを素早く出して展開するために使われることが多いのに対し、モールはボールをキープしたまま集団で前進し、相手の陣地を奪い取ること(ドライビングモール)を目的とすることが多いのです。モールは「動く城塞」として、相手にプレッシャーをかけ続ける強力な武器となります。

どのような場面で発生しやすいか

モールが最も頻繁に見られるのは、「ラインアウト」の直後です。スローインされたボールを空中でキャッチした選手が着地した瞬間、味方選手がすぐに集まって壁を作り、相手選手もそれに対抗して押し返すことでモールが形成されます。これは得点源として非常に重要で、特に相手ゴール前でのラインアウトモールは、トライを奪うための黄金パターンと言えます。

また、オープンプレー(流れの中でのプレー)でもモールは発生します。ボールを持った選手がタックルされた際、倒れずに踏ん張り、そこに味方と敵が集まってくるケースです。これを「チョークタックル」からのモールと呼ぶこともあります。ディフェンス側があえて相手を倒さずに抱え込み、ボールを出させないようにして攻撃権を奪い取るための高度な守備戦術として使われます。

さらに、キックオフのボールをキャッチした直後など、相手のプレッシャーを受け止めるために意図的にモールを作ることもあります。いずれの場面でも、共通しているのは「ボールを失いたくない攻撃側」と「ボールを奪いたい、あるいは前進を止めたい防御側」の意地がぶつかり合う瞬間であるということです。

補足:なぜ「モール(Maul)」と呼ぶのか?
英語の “Maul” には「木づちで打つ」「乱暴に扱う」「袋叩きにする」といった意味があります。かつてはもっと荒々しいプレーだった名残かもしれません。現在ではルールで厳格に管理されていますが、その激しい押し合いはまさに語源の通り、身体を張ったぶつかり合いです。

試合の流れを変える「ドライビングモール」の戦術

モールの中でも、攻撃側が意図的に形成し、相手ゴールラインに向かって集団で押し込んでいくプレーを「ドライビングモール」と呼びます。これは現代ラグビーにおいて、最も止めるのが難しい攻撃の一つとされています。

ラインアウトからの「黄金の列車」

ドライビングモールの美しさと恐ろしさが最も発揮されるのは、ラインアウトからです。ボールをキャッチしたジャンパーが着地すると同時に、リフター(持ち上げた選手)や他のフォワード選手が瞬時に密着します。この時、ただ集まっているわけではありません。先頭の選手が壁となり、ボールは後方の選手へと手渡しで送られていきます。

ボールを持った選手は、味方の巨大な背中に守られながら、最後尾で「運転手(パイロット)」のようにモールの進行方向をコントロールします。相手ディフェンスは、ボールを持っている選手に触れることすらできません。なぜなら、その前には屈強なフォワードたちが何層もの壁を作っているからです。

整然と組まれたドライビングモールは、まるでレールの上を走る蒸気機関車のような推進力を持ちます。防御側が真正面から受け止めても、攻撃側が少し角度を変えるだけで、防御の壁は崩壊し、そのままトライゾーンまで押し込まれてしまうのです。この一連の流れは、フォワード8人の意思が完全に統一されていないと成功しません。

モールをコントロールする「最後尾」の役割

モールの最後尾にいる選手(多くの場合、フッカーやナンバーエイト)は、非常に重要な役割を担っています。彼は単にボールを持っているだけではありません。前方で押し合っている味方の背中越しに戦況を見極め、右に押すべきか、左に回転させるべきか、あるいはボールを持ち出してバックスに展開すべきかを瞬時に判断しています。

また、スクラムハーフ(SH)からの指示も重要です。SHはモールの横に付き添い、「もっと右だ!」「低くなれ!」「今だ、押せ!」と声を張り上げます。最後尾の選手とSHの連携こそが、モールの方向舵(ラダー)となります。

もし相手ディフェンスが崩れかけたと判断すれば、最後尾の選手は自らボールを持ってサイドを駆け抜けることもあります。相手はモールを押すことに全力を注いでいるため、この不意打ちに対応するのは困難です。このように、モールは力技に見えて、実は相手の隙を突くための隠れ蓑でもあるのです。

ディフェンス側の対抗策「サック」とは

強力なドライビングモールを作らせないために、ディフェンス側にも対抗策があります。その代表的なものが「サック(Sack)」です。これは、ラインアウトでボールをキャッチした相手選手が着地した直後、モールが形成される前に、その選手の足元を刈って倒してしまうプレーです。

ルール上、モールが一度成立してしまうと、崩すことは反則(コラプシング)になります。しかし、モールが成立する「前」であれば、ボールキャリアをタックルで倒すことは正当なプレーです。サックが決まれば、相手はモールを組むことができず、地面でのボール争奪戦(ラック)に引きずり込まれることになります。

サックを成功させるには、相手が着地した瞬間というコンマ数秒のタイミングを見極める必要があります。早すぎれば空中の選手へのタックルとして反則になり、遅すぎればモールが成立してしまい手出しができなくなります。このギリギリの攻防も、ラインアウト周辺の見どころの一つです。

メモ:モールの回転戦術
攻撃側は、まっすぐ押すだけでなく、わざとモールを回転させることがあります。これを「ローリングモール」などと呼ぶことがあります。回転させることで、防御側の選手を外側へ剥がし、防御壁を薄くして突破口を開く高度なテクニックです。

モールにおける重要なルールと反則

モールは「密集して押し合う」という性質上、安全性を確保するために非常に細かいルールが定められています。観戦中にレフリーの笛が鳴ったとき、何が起きたのかを知るための主要な反則を紹介します。

コラプシング:最も危険で厳格な反則

モールの中で最も頻繁に取られる反則が「コラプシング(Collapsing)」です。これは、モールを「故意に崩す」行為を指します。モールに参加している選手が足を引っかけたり、ジャージを引っ張って倒れ込んだりして、モール全体を地面に倒壊させる行為です。

なぜこれが重い反則なのかというと、非常に危険だからです。数百キロにもなる人間の塊が崩れ落ちると、その下にいる選手の足首や膝があらぬ方向に曲がったり、下敷きになって大怪我をしたりするリスクが高まります。そのため、レフリーはコラプシングに対して非常に厳しく目を光らせています。

ディフェンス側が力負けして「これ以上押されたくない」と焦った時に起こりやすい反則ですが、攻撃側がバランスを崩して自分たちで倒れてしまうこともあり、その場合は攻撃側のミス(反則ではないが攻撃権を失う)となります。レフリーがどちらの責任で崩れたかをどう判断するかも注目ポイントです。

モール・オフサイドのライン

モールが形成されると、その瞬間から「オフサイドライン」が発生します。このラインは、モールの「最後尾にいる選手の足」です。このラインはフィールドの横幅いっぱいに引かれていると想定されます。

モールに参加していない選手は、必ずこの最後尾の足よりも後ろにいなければなりません。もしモールが前進すれば、オフサイドラインも一緒に前進します。守備側の選手は、モールが押してくるのに合わせて下がり続けなければならず、少しでも前に出た状態でプレーに関与するとオフサイドとなります。

また、モールに参加したい選手は、必ず「最後尾」から入らなければなりません。横から割り込んで参加することは「サイドエントリー」という反則になります。モールは常に「後ろから押す」のが原則であり、横からの参加は認められていません。

オブストラクションと「トラック・アンド・トレーラー」

攻撃側が気をつけなければならない反則に「オブストラクション」があります。モールでは、ボールを持っている選手が先頭に立ってはいけない(味方が壁になる)と言いましたが、これには条件があります。それは「ボールキャリアと味方がしっかりと結合(バインド)していること」です。

もし、ボールを持っている選手がモールから離れてしまい、その前方にいる味方選手たちが壁となって相手ディフェンスを妨害したまま進んだ場合、それは「オブストラクション(進路妨害)」となります。この状況を、トラック(前方の選手)とトレーラー(後方のボールキャリア)が切り離された状態に例えて「トラック・アンド・トレーラー」と呼ぶことがあります。

ボールキャリアは常に、前方の味方と一体化していなければなりません。「味方の陰に隠れて進む」ことは許されますが、「切り離された味方を盾にする」ことは許されないのです。

アンプレイアブルと「パイルアップ」

モールが崩れたり、動きが止まったりして、ボールがどこにあるか分からなくなることがあります。選手たちが折り重なってボールが出せない状態を「アンプレイアブル(プレー不可能)」と言います。昔は「パイルアップ」とも呼ばれていました。

モールがアンプレイアブルになった場合、基本的には「ボールを持っていないチーム(防御側)」にスクラムの権利が与えられます。これは「攻撃側が攻めきれなかった」とみなされるため、攻守交代(ターンオーバー)となります。

ただし、キックオフのボールをキャッチしてそのままモールになった直後のアンプレイアブルだけは例外で、攻撃側(ボールを持っていた側)のスクラムで再開されます。この「誰のボールになるか」の判定は試合の流れを大きく左右します。「素晴らしいディフェンスでモールを止めた!だから守備側のボール!」というロジックを覚えておくと、守備側のファンも盛り上がれます。

モールが終了または中断される条件

一度始まったモールは、いつまで続くのでしょうか?レフリーが「モール終了」あるいは「笛」を吹くタイミングには明確な基準があります。

5秒ルール:「ユーズ・イット」のコール

モールが前進を止められ、膠着状態になったとします。この時、レフリーは「動きが止まった」と判断すると、攻撃側に対して「ユーズ・イット!(Use it!)」と叫びます。これは「ボールを使いなさい(出しなさい)」という意味です。

このコールから5秒以内に、攻撃側はモールからボールを出さなければなりません。もし5秒経ってもボールが出てこなければ、その時点でレフリーは笛を吹き、相手ボールのスクラムとなります。つまり、攻撃側は無限に時間をかけて押し続けることはできず、止まったらすぐに決断を迫られるのです。

なお、一度止まったモールが再び動き出した場合は、このカウントはリセットされます。しかし、現代のルールでは「止まって、動き出す」ことができるのは1回までです。2回目に止まったら、その瞬間に「ユーズ・イット」が宣告され、もう押すことは許されません。

ボールが出てプレー継続

最も一般的な終了パターンは、モールからボールが出ることです。最後尾の選手がボールを持ち出して走ったり、スクラムハーフにパスを出したりした時点で、モールの状態は解消されます。

この瞬間、それまでオフサイドラインに縛られていたディフェンス側のバックス陣が一斉に前に飛び出してきます。静から動へ、重厚な押し合いからスピード勝負へ切り替わるこの瞬間こそ、ラグビーのダイナミズムを感じられる場面です。

ボールキャリアが膝をつく

モールの中にいるボールキャリアが膝をついてしまった場合も、モールは終了したとみなされます。この時、ルール上は「即座にボールをプレー(リリース)」しなければなりません。もし地面に膝をついたままボールを抱え込んでしまうと、相手にボールを渡さなかったとして反則(ノット・リリース・ザ・ボール)を取られる可能性があります。

また、意図的に膝をついてモールを崩そうとする行為は危険なプレーとみなされることもあります。選手たちは、バランスを保ちながら押し続ける高度なボディコントロールを要求されているのです。

レフリーの「アドバンテージ」を見逃すな

モールの中でディフェンス側が反則(コラプシングなど)をした際、レフリーがすぐに笛を吹かず、腕を横に伸ばしてプレーを続行させることがあります。これは「アドバンテージ」です。攻撃側がそのまま押してトライなどの利益を得られればプレー続行、もし攻撃が失敗したら反則の地点に戻ってペナルティを与えます。モールではこのアドバンテージが長く見られることが多いので、レフリーの腕の動きにも注目してください。

観戦時に注目したいモールの見どころ

ここまでルールや仕組みを解説してきましたが、実際にスタジアムやテレビで観戦する際、どこに注目すればモールがもっと面白くなるのでしょうか。

フォワード8人の「結束力」と「表情」

モールは個人の力だけでは決して前進できません。8人が同じ方向を向き、同じタイミングで足を動かし、声を掛け合うことで初めて巨大なパワーが生まれます。特にゴール前のモールでは、選手たちの表情に注目してください。

攻撃側は「絶対にトライを取る」という鬼気迫る形相で押し込み、防御側は「ここを抜かれたら負ける」という必死の形相で耐えています。その中心からは、湯気が立つほどの熱気と、選手たちのうめき声、身体がぶつかる鈍い音が聞こえてきます。この人間同士の魂のぶつかり合いこそ、モールの最大の魅力です。

バックスが参加する「全員モール」

通常、モールはフォワードの選手(背番号1〜8)で行いますが、勝負どころではバックスの選手(背番号9〜15)が勢いよくモールに突っ込んで参加することがあります。これを「バックスの加勢」と呼びます。

「あと数メートルでトライ!」という場面で、センターやウイングの選手が猛スピードでモールに飛び込み、最後の一押しを加えるシーンは圧巻です。チーム全員で一つのボールをインゴールへ運ぼうとする姿は、ラグビーの精神「One for All, All for One」を象徴する光景と言えるでしょう。

レフリーとの「会話」を聞く

現地の音声が聞こえる環境であれば、レフリーの声に耳を傾けてみてください。レフリーはモールの中で「ナンバー6、バインドを変えるな!」「ブルー、崩すな!」「ユーズ・イット!」と絶えず指示を出しています。

選手たちは極限状態の中で、このレフリーの声を聞き分け、反則にならないギリギリのプレーを選択しています。レフリーがどちらのチームに注意を与えているか分かると、「あ、今はディフェンスが反則スレスレで耐えているんだな」といった状況が手に取るように分かります。

まとめ:ラグビーモールとは勝利への推進力

まとめ
まとめ

ラグビーにおける「モール」について、その仕組みから戦術、ルールまでを解説してきました。要点を振り返りましょう。

  • 定義:ボールキャリアを中心に、敵味方3人以上が立ったまま押し合うプレー。
  • ラックとの違い:ボールが地面にあればラック、手にあればモール。
  • 最大の武器:ラインアウトからの「ドライビングモール」は強力な得点源。
  • 反則:故意に崩す「コラプシング」は危険な重い反則。
  • 終了条件:ボールが出るか、5秒以上停止して「ユーズ・イット」がコールされるか、反則が起きるまで。

モールは、単なる「おしくらまんじゅう」ではありません。そこには、物理的なパワーと、相手の裏をかく知的な駆け引き、そしてチーム全員の心を一つにする結束力が詰まっています。1センチでも前へ進もうとする執念の塊、それがモールです。

次にラグビーを観戦する際は、ぜひこの塊の中で何が起きているのか、想像力を働かせて見てみてください。「誰が舵を取っているのか?」「今、守備側はどうやって止めようとしているのか?」そんな視点を持つだけで、今までカオスに見えていたモールが、非常に秩序だったドラマチックなシーンへと変わるはずです。

タイトルとURLをコピーしました