ラグビーの花形ポジションであるウイング(WTB)。「足が速い人がなるポジション」というイメージが強いですが、実際にどれくらいのタイムがあれば活躍できるのか、具体的な基準を知りたいという方は多いのではないでしょうか。
実は、ウイングに求められるのは単なる50m走や100m走のタイムだけではありません。試合の中で活きる「実戦的なスピード」や、それを支える技術も非常に重要です。この記事では、年代別のタイムの目安から、スピードを最大限に活かすためのスキル、そしてトレーニング方法までを詳しく解説します。
ラグビーのウイングに求められる足の速さの基準【年代・レベル別】

まずは、一般的にウイングとして「速い」とされるタイムの基準を、年代やレベル別に見ていきましょう。もちろん、体格やプレースタイルによって求められる要素は異なりますが、一つの目標として知っておくとトレーニングの励みになります。
高校生レベルの目安
高校ラグビーにおいて、ウイングとしてレギュラーを目指すなら、50m走で6.5秒以内がひとつの基準となります。県大会の上位や花園(全国大会)を目指すレベルであれば、6.2秒から6.0秒台前半の選手が多く在籍しています。
100m走で言うと、11秒台後半であれば十分に「俊足」の部類に入ります。もし11秒台前半を出せるなら、それは県内でもトップクラスのスピードと言えるでしょう。高校生は身体が成長途中であるため、フォームの改善や筋力トレーニングによってタイムが劇的に伸びる時期でもあります。
ただし、高校ラグビーでは単に足が速いだけでなく、コンタクト(身体のぶつかり合い)への強さも同時に求められます。体重が軽い選手は、その分圧倒的なスピードで勝負するか、倒れない体幹の強さを身につける必要があります。
大学生・社会人レベルの目安
大学ラグビーや社会人(トップクラブ)のレベルになると、フィジカルの強度が格段に上がります。そのため、ウイングに求められるスピードの基準もより厳しくなります。50m走では6.0秒を切る選手も珍しくありません。
100m走のタイムで言えば、11秒台前半(11.0秒〜11.4秒)がスタンダードな速さと言えます。強豪大学のレギュラークラスになると、10秒台の記録を持つ元陸上部の選手が転向してくるケースもあり、競争は非常に激しいです。
このレベルでは「ただ速い」だけでは通用しません。相手のディフェンスも組織的で隙がなくなるため、トップスピードに乗るまでの時間の短さや、何度もスプリントを繰り返せるスタミナ(スピードエンデュランス)が必須となります。
プロ・代表クラスの驚異的な記録
日本代表や世界トップレベルのウイングとなると、そのスピードは陸上選手並みです。例えば、かつて日本代表で活躍した福岡堅樹選手や、松島幸太郎選手のようなトッププレイヤーたちは、50mを5.8秒前後、100mを10秒台で走る能力を持っています。
世界のラグビー界を見渡すと、アメリカ代表で7人制でも活躍したカーリン・アイルズ選手のように、100mを10.13秒で走るという驚異的な記録を持つ選手もいます。これはオリンピックの短距離走に出場できるレベルです。
しかし、彼らがすごいのは、そのスピードを「80分間の試合の中で」「ボールを持って相手がいる状態で」発揮できる点です。単純な走力テストの数値以上に、試合でのパフォーマンスに直結するスピード能力が研ぎ澄まされているのがプロの特徴です。
50m走と100m走どちらが重要か
よく「ラグビーには50mと100m、どちらのタイムが重要か?」という議論になりますが、結論から言うと50m走(もっと言えば10m〜30mの加速)の方が重要度は高いです。
ラグビーの試合中に、誰にも邪魔されずに100mを走り切るシーンは滅多にありません。多くの場合、ボールを持って相手を抜く瞬間や、隙を突いて裏に飛び出す瞬間の「初速」が勝負を分けます。これを「アクセラレーション(加速力)」と呼びます。
もちろん、独走状態になった時には100mのトップスピードが活きますが、まずは相手を置き去りにするための最初の数メートルの爆発力が、ウイングとしての評価を大きく左右します。測定テストでは、10mや30mのタイムを重視するチームも増えています。
タイムだけじゃない!試合で使える「本当の速さ」とは

陸上のトラックで計測したタイムが良くても、ラグビーの試合で活躍できない選手がいます。一方で、タイムはそこそこでも、試合になると「速い!」と感じさせる選手がいます。この違いはどこにあるのでしょうか。
初速と加速力(アクセラレーション)
ラグビーのフィールドで最も重要なのが、停止状態やジョギング状態から一気にトップスピードへ持っていく「加速力」です。ボールをもらった瞬間に0から100まで一瞬で加速できれば、ディフェンスは反応しきれず、タックルのタイミングを外すことができます。
この能力が高い選手は、狭いスペースでも相手を抜き去ることができます。陸上競技のスタートダッシュに近い技術ですが、ラグビーでは立った状態から、あるいはパスを受けながら加速する必要があるため、より高度な身体操作が求められます。
加速力を鍛えるためには、短い距離(10m〜20m)のダッシュを繰り返すトレーニングが有効です。特に「最初の一歩」をどれだけ力強く、遠くに踏み出せるかが鍵となります。
方向転換の速さ(アジリティ)
直線的な速さと同じくらい重要なのが、方向転換の速さ、すなわち「アジリティ」です。ラグビーでは相手が正面に立ちはだかるため、真っ直ぐ走るだけでは捕まってしまいます。スピードを落とさずに左右に動く能力が求められます。
優れたウイングは、トップスピードに近い状態で角度を変えることができます。これを「アークラン(曲線的な走り)」と呼ぶこともあります。ディフェンスにとっては、的が絞りにくく、非常に捕まえにくい動きとなります。
アジリティを高めるには、ラダーを使ったトレーニングや、合図に合わせて素早く方向を変えるリアクションドリルなどが効果的です。足首や膝の柔軟性も重要になってきます。
ボールを持った状態でのスピード
陸上競技との最大の違いは「ボールを持っているか否か」です。多くの人は、ボールを持つと腕の振りが制限され、普段よりも走るのが遅くなってしまいます。しかし、一流のウイングはボールを持っていてもフォームが崩れず、スピードがほとんど落ちません。
ボールを片手でしっかり抱え込む(キャリーする)技術や、両手で持った状態からスムーズに走る技術が必要です。初心者のうちは、ボールを持った途端に身体が力んでしまいがちですが、リラックスして走れるようになることが大切です。
練習では、必ずボールを持った状態でスプリントを行うようにしましょう。ボールを持つ位置や、走る際のリズムを身体に覚え込ませることで、実戦でもスピードを維持できるようになります。
相手を抜くための緩急のつけ方
ずっと全力疾走しているだけが「速さ」ではありません。あえてゆっくり走って相手を油断させ、急激にスピードアップする「チェンジオブペース」も、ウイングにとって強力な武器になります。
相手との間合いを見ながらスピードを調整し、相手が足を止めた瞬間に再加速する。この「緩急」によって、実際のタイム以上のスピード差を体感させることができます。これを使いこなせる選手は、ディフェンスからすると「いつ来るかわからない」という恐怖の対象になります。
この技術は経験によるところも大きいですが、練習の中で「ジョグからダッシュ」「ダッシュからストップ」という切り替えを意識的に行うことで養うことができます。
足の速さをカバーするウイングの必須スキル

「自分はそこまで足が速くないからウイングは無理かも…」と諦める必要はありません。スピードが絶対的な武器でなくても、他のスキルを磨くことで信頼されるウイングになることは十分に可能です。
ステップワークと身体の使い方
足の速さで勝てないなら、相手の重心を崩して抜く「ステップ」を磨きましょう。有名な「グースステップ」や、内側に切れ込むような鋭いステップがあれば、スピードに乗ったディフェンスを翻弄することができます。
ステップの極意は、相手の目の前で急激に動くことだけではありません。相手との間合いや、視線の誘導、上半身のフェイントなどを組み合わせることで、スピード不足を補うことができます。フィジー代表の選手たちのように、独特のリズムで相手を抜くスタイルを目指すのも一つの道です。
身体の使い方が上手くなると、コンタクトの瞬間に相手の力を受け流したり、タックルされても倒れずに前進したりすることも可能になります。
確実なキャッチングとハイボール処理
現代ラグビーにおいて、ウイングの重要な役割の一つが「ハイパントキャッチ」です。敵陣深くへのキックや、自陣からの脱出のために蹴られた高く上がったボールを、空中で競り合いながらキャッチする能力です。
どれだけ足が速くても、このキャッチができなければ試合には出られません。逆に言えば、「絶対にボールを落とさない安心感」があるウイングは、チームにとって代えがたい存在になります。落下地点へ素早く入る予測能力と、勇気を持って飛び込むメンタルが求められます。
また、味方からの速いパスをトップスピードで受け取るハンドリングスキルも必須です。パスを後ろに逸らさず、前でもらうことで、スムーズにランに移行できます。
ディフェンス能力とポジショニング
ウイングは「最後の砦」として、ディフェンスでも重要な役割を担います。相手に抜かれたら即トライという場面が多いため、1対1のタックルの強さはもちろん、数的不利な状況でのポジショニングが鍵を握ります。
足がそれほど速くない選手でも、相手が攻めてくるコースを予測して先にポジションを取っておけば、抜かれることを防げます。相手をタッチライン際(外側)に追い込むようなディフェンスコース取り(シャットダウン)ができれば、スピード差を埋めることができます。
「抜かれないウイング」は、派手なトライを取るウイングと同じくらい、チームの勝利に貢献します。守備の職人を目指すのも素晴らしい選択です。
状況判断とコミュニケーション能力
ウイングはグラウンドの端にいるため、フィールド全体を見渡せるポジションでもあります。内側の選手(センターやフルバック)に対して、相手のディフェンスの穴や、攻撃のチャンスを伝える「コール(声出し)」が重要です。
「今、外が余っている!」「キックのチャンスだ!」といった的確な情報を伝えることで、自分に良いボールが回ってくる確率も上がります。足の速さに頼るだけでなく、頭を使ってチャンスを作り出す能力です。
また、攻守の切り替え(トランジション)の際に、いち早く反応して動き出す判断力も必要です。身体的なスピードだけでなく、「思考のスピード」を速くすることも、一流選手への条件と言えるでしょう。
ウイングがスピードを伸ばすためのトレーニング方法

才能だと思われがちな「足の速さ」ですが、適切なトレーニングを行うことで、タイムは確実に縮めることができます。ここでは、ラグビー選手に特化したスピードアップのためのトレーニングを紹介します。
正しい走り方のフォーム改善
多くの選手が、非効率な走り方で損をしています。まずは「正しいフォーム」を身につけることが、最も即効性のあるスピードアップ法です。
【チェックすべきポイント】
・姿勢は一直線になっているか(猫背や反り腰になっていないか)
・腕を前後に大きく振れているか(横に振ると力が分散する)
・接地時間は短くできているか(ベタ足にならず、母指球で地面を捉える)
・膝が高く上がっているか
自分の走りを動画で撮影し、客観的に確認することをおすすめします。また、壁に手をついて走る姿勢を作る「ウォールドリル」などで、正しい身体の角度を覚えるのも効果的です。
瞬発力を高める筋力トレーニング
スプリント力を高めるには、地面を強く蹴るための筋力が必要です。特にお尻(大臀筋)や太ももの裏(ハムストリングス)の筋肉が、推進力を生み出します。
代表的なトレーニングとしては、重りを持ったスクワットやデッドリフト、そして爆発的な力を養う「パワークリーン」などのウエイトトレーニングが挙げられます。ただし、ただ筋肉を大きくするだけでなく、「速く動かす」ことを意識したトレーニングが必要です。
また、ジャンプ系のトレーニング(プライオメトリクス)も有効です。ボックスジャンプやハードルジャンプを行うことで、筋肉のバネを強化し、接地時間の短い走りを目指します。
アジリティ能力を磨くドリル
ラグビー特有の動きを鍛えるために、アジリティ(俊敏性)トレーニングもメニューに組み込みましょう。
おすすめのドリル:Tドリル・プロアジリティ
コーンをT字や直線上に配置し、前後左右へのダッシュ、サイドステップ、バック走を組み合わせます。タイムを計測してゲーム感覚で行うと、集中力を維持しやすいです。
さらに、「ダウン・アップ」を取り入れたスプリントも実践的です。うつ伏せの状態から合図とともに素早く起き上がり、ダッシュする練習です。タックルされた後にすぐに起きて走る、というラグビーならではの動作(リロード)のスピードも同時に鍛えることができます。
有名選手のスピード記録から学ぶこと

世界のトッププレイヤーたちの記録を知ることは、自分の現在地を知り、高い目標を持つために役立ちます。また、彼らがどのようにスピードを活かしているかを知ることも大きな学びになります。
世界のトップウイングの事例
世界には「スピードスター」と呼ばれる選手たちが数多く存在します。例えば、南アフリカ代表のチェスリン・コルビ選手は、小柄ながらも圧倒的な加速力とステップで、大男たちを次々と抜き去ります。彼の100mのタイムは10.7秒程度と言われていますが、一瞬のキレ味は数字以上の脅威を与えます。
また、イングランド代表のジョニー・メイ選手も驚異的なスピードの持ち主です。彼は陸上選手のような美しいフォームで走り、長距離を独走してトライを奪います。彼らに共通するのは、自分のスピードを信じ、迷いなく勝負を仕掛ける積極性です。
これらの選手から学べるのは、単に「足が速い」だけでなく、そのスピードをどのタイミングで、どう使うかという戦術眼の重要性です。
日本人選手の特徴と強み
日本人ウイングは、海外の大型選手に比べて体格で劣ることがありますが、それを補う「敏捷性(アジリティ)」と「持久力」に優れています。福岡堅樹選手は、世界の大男たちをスピードで抜き去り、日本のラグビー史に残るトライをいくつも生み出しました。
また、最近ではフィジカルも強化されており、相手に当たられても弾き飛ばされずに走り続けるボディバランスを持つ選手が増えています。日本人の強みである勤勉さを活かし、フィットネス(体力)で相手を上回ることで、試合終盤の疲れた時間帯にスピードで圧倒する戦い方も有効です。
体格差をスピードでどう埋めるか
「身体が小さいからラグビーに向いていない」と考えるのは間違いです。ウイングこそ、小柄な選手が輝けるポジションです。相手が大きければ大きいほど、小回りの利く動きや、足元のボールへの反応などで優位に立てる場面があります。
大切なのは、正面からぶつかるのではなく、スピードを活かして相手の「弱い肩(タックルしにくい側)」を狙うことです。自分の体格をハンデではなく武器と捉え、スピードという最大の長所を磨き上げることが、ウイングとしての成功への鍵となります。
ウイングの足の速さ基準とレベルアップのポイントまとめ
今回は、ラグビーのウイングにおける「足の速さの基準」と、それを活かすためのスキルについて解説しました。年代別の目安を知ることは大切ですが、それ以上に重要なのは試合で使える実践的なスピードです。
最後に、この記事の要点を振り返ります。
・タイムの目安:高校生なら50m 6.5秒以内、大学生・社会人なら100m 11秒台前半を目指そう。
・重要なのは初速:100mのタイムより、最初の一歩や10m〜30mの加速力(アクセラレーション)が勝負を分ける。
・スピード以外の武器:ステップ、ハイボールキャッチ、ディフェンス力があれば、足の速さをカバーできる。
・トレーニング:正しいフォームの習得と、お尻・裏ももの筋力強化、アジリティ練習をバランスよく行う。
足の速さは、生まれ持った才能だけでなく、努力次第で伸ばせる能力です。そして、たとえ現時点で一番速くなくても、工夫次第で相手を抜くことは可能です。ぜひ、自分のプレースタイルに合った「速さ」を追求して、チームを勝利に導くトライゲッターを目指してください。

