ラグビーの試合を見ていると、選手たちが一列に並び、仲間を持ち上げて高い位置でボールを奪い合うシーンを目にすることがあります。これが「ラインアウト」です。ラグビーならではの独特なセットプレーであり、試合の再開方法として非常に重要な役割を持っています。
一見すると単にボールを取り合っているだけに見えるかもしれませんが、そこには緻密な計算とサインプレー、そして激しい心理戦が隠されています。この空中戦を制するかどうかが、試合の勝敗を大きく左右すると言っても過言ではありません。
この記事では、ラグビー観戦が初めての方でも理解できるように、ラインアウトの基本ルールから、知っていると面白い戦術や反則までを丁寧に解説します。ルールを知れば、あの高さのあるプレーがもっとスリリングに見えてくるはずです。
ラグビーのラインアウトの基本ルールと仕組み

ラインアウトは、サッカーで言うところのスローインに似たプレーですが、ラグビーではより組織的で複雑なルールが定められています。ボールがタッチラインの外に出たとき、試合を再開するために行われるのが基本です。
このセットプレーには、両チームのフォワードの選手たちが集まり、決められた位置に整列します。まずは、ラインアウトがどのように始まり、どのような決まり事の上で行われているのか、その基礎的な仕組みを詳しく見ていきましょう。
ラインアウトが行われる条件と開始位置
ラインアウトは、ボールまたはボールを持った選手がタッチラインの外に出たときに行われます。また、ペナルティキックでタッチに蹴り出した場合も、ラインアウトから再開となります。基本的には、ボールが出た地点のタッチライン上が開始位置となりますが、状況によって少し位置が変わることもあります。
例えば、ペナルティキックからタッチに出した場合は、蹴った地点に関わらずボールが出た地点から、蹴った側のボールで再開します。これは攻撃側にとって大きなチャンスとなります。一方で、自陣の22メートルラインの外から直接タッチに蹴り出した場合は、蹴った地点まで戻されてラインアウトが行われます。
このように、「どこから」「どちらのボールで」再開されるかは、直前のプレーの内容によって細かく決められています。観戦中は審判の指し示す方向や場所に注目すると、どちらのチャンスなのかがすぐに分かります。
参加するプレーヤーの人数と並び方
ラインアウトに参加する選手は、主にフォワードの選手たちです。ルール上、ラインアウトに参加する人数は、ボールを投げ入れる側(攻撃側)が決めることができます。最低2名から参加可能で、最大人数の制限は特にありませんが、通常は7名前後で行われることが多いです。
守備側は、攻撃側の人数に合わせて人数を調整しなければなりません。ただし、攻撃側よりも少ない人数で対抗することは可能です。選手たちは、タッチラインから5メートルと15メートルの間に引かれた仮想のラインの間に、タッチラインに対して垂直に並びます。
両チームの列の間には「1メートル」の隙間を空ける必要があり、これを「ギャップ」と呼びます。このギャップこそが、ボールが投げ入れられる公平な空間であり、選手たちが競り合う主戦場となるのです。整然と並んだ状態から、合図とともに一気に動き出す静と動の対比がラインアウトの魅力です。
ボールを投入する「スローワー」の役割
タッチラインの外からボールを投げ入れる選手を「スローワー」と呼びます。通常は背番号2番のフッカーがこの役割を担当します。スローワーは、タッチラインの外側に立ち、両チームの列の真ん中(ギャップ)に向けてボールを投げなければなりません。
スローワーには、非常に高いコントロール技術が求められます。風の影響やボールの滑りやすさを考慮しつつ、味方のジャンパーが最高到達点に達するタイミングに合わせて、正確な放物線を描くパスを投げる必要があるからです。少しでもタイミングがずれれば、相手に奪われるリスクが高まります。
また、スローワーはサインプレーの司令塔としての役割も担うことがあります。味方の動き出しを確認し、瞬時の判断で投げる場所やスピードを変える冷静さが不可欠なポジションです。
獲得率を左右する「ジャンパー」と「リフター」
ラインアウトでボールをキャッチする役割の選手を「ジャンパー」、そのジャンパーを持ち上げる選手を「リフター」と呼びます。かつては自力でジャンプしていましたが、現在はルール改正により、仲間がジャンパーを持ち上げてサポートすることが認められています。
ジャンパーには身長が高く、ジャンプ力のあるロック(4番、5番)の選手が選ばれることが一般的です。彼らは空中でバランスを保ちながら、両手でしっかりとボールを確保しなければなりません。相手も競り合ってくるため、空中でコンタクトがあっても負けない強さが求められます。
一方、リフターの役割も極めて重要です。100kgを超えるジャンパーを瞬時に高く持ち上げ、安定させるには強靭な足腰と腕力が必要です。リフターが素早く持ち上げることで、ジャンパーは相手よりも早く高い位置に到達できます。このジャンパーとリフターの呼吸が完璧に合ったとき、美しいラインアウトキャッチが成功するのです。
ラインアウトから始まる攻撃パターンと戦術

ボールを無事に確保できたとしても、それは攻撃のスタート地点に立ったに過ぎません。ラインアウトからの攻撃にはいくつかの定石があり、チームの戦略やフィールド上の位置によって使い分けられます。
フォワードの力で押し込むのか、バックスのスピードで勝負するのか。ここでは、ラインアウト獲得後に展開される代表的な攻撃パターンと、観客を驚かせるような戦術について解説します。
そのままボールを確保してモールを形成
敵陣深くでラインアウトを獲得した際、最も多く選択されるのが「モール」による攻撃です。ジャンパーが空中でボールをキャッチした後、そのまま地上に降り、周りの味方選手が彼を囲むようにして密集を作ります。
この密集した塊(モール)のまま、一丸となってゴールラインに向かって押し込んでいく戦術です。モールは非常に強力な武器であり、統率が取れていれば相手ディフェンスは止めることが困難になります。特にゴール前5メートル付近でのラインアウトモールは、トライを奪うための王道パターンと言えます。
モールを成功させる鍵は、全員の結束力と低い姿勢です。ボールを持った選手を最後尾に置き、前の選手たちが壁となって相手の圧力を受け止めながら前進します。観戦中は、塊がジリジリと進んでいく力比べの迫力に注目してください。
バックスへ素早く展開してトライを狙う
モールを組まずに、素早くバックス(BK)へボールを供給するパターンもあります。これは、フィールドの中央付近や自陣でのラインアウトでよく見られる戦術です。ジャンパーがボールをキャッチした瞬間、あるいは空中でそのままスクラムハーフ(SH)にボールを渡します。
スクラムハーフは、そのボールをスタンドオフ(SO)などのバックス陣へパスし、ランニングプレーで相手ディフェンスを突破しにかかります。この一連の流れをスムーズに行うことで、相手ディフェンスが整う前に攻撃を仕掛けることが可能になります。
特に、ラインアウトで相手フォワードを片側に寄せているため、反対側のスペースが手薄になる瞬間があります。その隙を突いて俊足のウイング(WTB)が走り込んだり、センター(CTB)が縦に突進したりと、多彩な攻撃オプションが生まれます。
サインプレーによる意表を突く攻撃
ラインアウトは静止状態から始まるため、複雑なサインプレーを実行しやすい場面でもあります。チームごとに独自の暗号や合図が決まっており、「誰が飛ぶか」「どこに投げるか」だけでなく、「着地後にどう動くか」まで綿密に計画されています。
例えば、前の方で飛ぶと見せかけて後ろの選手に投げたり、一度キャッチした選手がすぐさま別の選手にパスを戻したりといったプレーです。また、ラインアウトに参加していない選手が突然走り込んでボールを受け取る奇襲攻撃もあります。
代表的なサインプレーの例
・ピールオフ:キャッチした選手が着地と同時にラインから離れ、ボールを持って走るプレー。
・ショートラインアウト:参加人数を極端に減らし、相手の意表を突いて素早く始めるプレー。
これらのサインプレーが決まると、相手ディフェンスは完全に翻弄され、ノーマークでトライが決まることもあります。選手たちが並ぶ前に何やら声を掛け合っているときは、何かのサインが出ている証拠です。
相手の裏をかく「クイックスローイン」
通常、ラインアウトは両チームが整列してから行われますが、条件が揃えば整列を待たずに素早くボールを投げ入れることができます。これを「クイックスローイン」と呼びます。ボールがタッチに出た後、他の選手や観客に触れられる前に、同じボールを使って行わなければなりません。
相手チームがゆっくりとラインアウトの準備をしている隙に、素早くボールを投げ入れて攻撃を開始することで、一気にゲイン(前進)を図ることができます。特に負けているチームが時間を惜しんで反撃したい場面や、相手のディフェンス陣形が崩れているときに見られます。
クイックスローインは、スローワーの判断力と、それを受け取る味方の反応速度が鍵となります。ルール上の制約(ボールを交換してはいけない等)が厳しいため、成功させるには高い集中力が求められるプレーです。
試合の流れを変えるディフェンスの駆け引き

ラインアウトは攻撃側が有利なセットプレーですが、守備側にとってもボールを奪い返すチャンスです。相手のスローイングに合わせてボールを奪ったり、その後の攻撃を封じたりすることで、試合の流れを一気に引き寄せることができます。
守備側はただ漫然と立っているわけではありません。相手のサインを読み、どのタイミングで競りに行くか、あるいは地上戦に備えるか、常に駆け引きを行っています。
相手ボールを空中で奪う競り合い
最も積極的なディフェンスは、相手のスローイングに合わせて自チームのジャンパーを跳ばせ、空中でボールを奪う「スティール」です。相手のスローワーの視線やジャンパーの予備動作を観察し、どこにボールが来るかを瞬時に予測します。
相手ボールを奪うことができれば、一気に攻撃権が移るため、チームの士気は大きく上がります。たとえ奪えなくても、競り合うことで相手のキャッチを不安定にし、正確なボール供給を妨害する効果があります。
この空中戦を制するためには、相手チームの癖や傾向を事前に分析しておくことが重要です。「この場面では奥に投げてくることが多い」といったデータに基づき、守備側のジャンパー配置を工夫します。まさに情報戦と身体能力の融合と言えるでしょう。
あえて競らずに地上戦で勝負する作戦
空中で競り合うことだけがディフェンスではありません。あえてジャンプせず、相手にボールを確保させた直後を狙う戦術もあります。相手がモールを組もうとして着地した瞬間に、地上で激しくプレッシャーをかけてモールを崩したり、ボールを抱え込んで動けなくさせたりします。
特に自陣ゴール前で相手が強力なモール攻撃を仕掛けてくると予想される場合、空中で競ってディフェンスの壁に穴を開けるリスクを避けるために、全員で地上戦に備えることがあります。
この戦術を成功させるには、相手が着地した瞬間の「サック(相手を倒す)」や、モールへの入り方の速さが求められます。地上での力比べに自信があるチームがよく採用する、堅実な守備戦術の一つです。
相手のミスを誘うプレッシャーのかけ方
物理的な接触だけでなく、心理的なプレッシャーをかけることも有効なディフェンスです。ルールギリギリの位置に立ったり、大きな声で指示を出して撹乱したりすることで、相手スローワーの集中力を乱します。
また、頻繁に並び順を変える「シャッフル」を行うことで、相手に的を絞らせないようにします。誰が飛ぶのか分からない状況を作ることで、スローワーに迷いが生じ、ミススロー(ノットストレートなど)を誘発することができるのです。
ラインアウトでよくある反則と審判の判定

ラインアウトは多くのルールによって厳格に管理されており、反則が起こりやすいプレーでもあります。観戦中に「なぜ笛が吹かれたのか?」と疑問に思うシーンの多くは、ラインアウト周辺での細かい反則によるものです。
ここでは、ラインアウトで頻繁に見られる反則とその内容について解説します。これらを知っておくと、レフリーのジェスチャーの意味がすぐに理解できるようになります。
ボールが真っ直ぐ入らない「ノットストレート」
ラインアウトで最も多い反則が「ノットストレート」です。その名の通り、スローワーが投げたボールが、両チームの列の真ん中(ギャップ)に対して真っ直ぐ入らなかった場合に取られます。
基本的には味方のジャンパーに向かって投げることが多いですが、あまりにも味方寄り(内側)に投げてしまうと、公平な競り合いができないため反則となります。風が強い日などは特に起こりやすく、スローワーを悩ませる要因の一つです。
この反則があった場合、相手チームは「ラインアウト(相手ボールでの再開)」か「スクラム」のどちらかを選択することができます。多くの場合は、より確実にボールを確保できるスクラムが選ばれます。
相手との隙間を詰めてしまう「クロージングザギャップ」
ラインアウトの開始前や最中に、両チームの間に設定された1メートルの隙間を狭めてしまう行為を「クロージングザギャップ」と呼びます。意図的かどうかにかかわらず、相手との距離を詰めてプレーを妨害したとみなされます。
特に守備側が、相手のモール形成を邪魔しようとして、ボールが投げ入れられる前に隙間に入り込んでしまうケースが見られます。この空間は聖域のように扱われており、ボールが投入されるまでは侵入してはいけません。
この反則はフリーキックやペナルティとなることがあり、試合の流れを止めてしまう原因になります。選手たちは興奮状態の中でも、この1メートルの距離感を厳守しなければなりません。
空中の選手に対する危険なプレー
ラグビーでは安全面への配慮から、空中にいる選手へのタックルや接触は厳しく禁止されています。ラインアウトでジャンプしている選手に対して、足払いをかけたり、空中で体勢を崩させたりする行為は非常に危険な反則です。
もし空中の選手に対して危険な接触を行った場合、ペナルティキックだけでなく、イエローカード(一時的退場)やレッドカード(退場)が提示されることも珍しくありません。選手生命に関わる怪我を防ぐため、レフリーは特にこのプレーに目を光らせています。
守備側が競り合う場合は、あくまで「ボール」に対してプレーしなければなりません。ボールではなく相手の体に向かっていく行為は、即座に反則となります。
人数や並び方に関する細かい反則
ラインアウトには参加人数や立ち位置に関する細かい規定があります。例えば、参加する人数は攻撃側が決める権利がありますが、守備側が攻撃側より多い人数を投入することは禁止されています(攻撃側より少ないのはOK)。
また、ラインアウトに参加していない選手は、ラインアウトの中心線から10メートル以上下がっていなければなりません(これを「オフサイドライン」と言います)。ボールが出る前にこのラインを超えて前に出てしまうと、オフサイドの反則となります。
さらに、スローワーがボールを投げ入れる前に、ジャンパーを持ち上げる動作を完了してしまう「アーリーリフト」も反則です。これらは非常に細かいルールですが、公平性を保つために厳格に運用されています。
ポジションごとの役割と求められるスキル

ラインアウトはチームプレーですが、それぞれのポジションに特化した役割とスキルが求められます。ここでは、ラインアウトを成功させるために、各選手がどのような技術を磨いているのかを掘り下げてみましょう。
一見地味に見える動きの中にも、プロフェッショナルな技術が詰まっています。それぞれの職人芸に注目すると、ラインアウトの奥深さがより一層感じられるはずです。
フッカーに求められる正確なスローイング技術
スローワーを務めるフッカー(2番)にとって、ラインアウトは最大の見せ場であり、プレッシャーのかかる瞬間です。彼らは日々の練習で、バスケットボールのシュートのように、手首のスナップと腕の押し出しを反復練習しています。
また、単に狙った場所に投げるだけでなく、ボールのスピードや弾道も重要です。相手にカットされないような鋭いボールや、味方が取りやすいふわっとしたボールなど、状況に応じて投げ分けます。
メモ:フッカーは、心拍数が上がった試合中でも冷静さを保つメンタルコントロール術も必要とされます。
ロックやフランカーに必要な跳躍力とキャッチ
ジャンパーを務めるのは、主に身長の高いロック(4番・5番)や、跳躍力のあるフランカー(6番・7番)です。彼らにはバレーボール選手のようなジャンプ力に加え、激しいコンタクト下でもボールをこぼさないハンドリングスキルが求められます。
特に重要なのが、最高到達点でのボディバランスです。空中で体勢が崩れると、着地後に強いモールを組むことができません。コア(体幹)を鍛え上げ、空中で棒のように体を真っ直ぐ保つ技術が必要です。
また、相手の配置を見て「どこが空いているか」を瞬時に判断し、スローワーに合図を送る「ラインアウトリーダー」としての役割を担うこともあります。
リフターに不可欠なパワーとタイミング
リフターは主にプロップ(1番・3番)などの力持ちが担当します。彼らの役割は、単に持ち上げるだけではありません。「爆発的なスピード」で持ち上げることが重要です。
ゆっくり持ち上げていては相手に反応されてしまいます。スクワットのような動作から一気に腕を伸ばし、ジャンパーをロケットのように射出します。そして、ジャンパーが空中にいる間はしっかりと支え、安全に着地させるまでが仕事です。
リフターの技術が高ければ高いほど、ジャンパーは滞空時間を長く取ることができ、ボール確保の確率が上がります。まさに縁の下の力持ちと言える存在です。
スクラムハーフの判断力とパススキル
ラインアウトの近くで待機し、獲得されたボールを最初に受け取るのがスクラムハーフ(9番)です。彼は、ボールが出た瞬間に「パスするのか」「キックするのか」「自分で走るのか」を即断しなければなりません。
もしキャッチが乱れた場合は、素早くカバーに入ってボールを確保する泥臭いプレーも求められます。また、モールが形成された場合は、レフリーとコミュニケーションを取りながら、ボールを出すタイミングを計る司令塔としての役割も果たします。
スクラムハーフが良い位置取りをして声を出し続けることで、フォワード陣は安心してボール獲得に集中できるのです。
まとめ:ラインアウトを理解してラグビー観戦をもっと楽しもう
ラグビーのラインアウトについて、基本的なルールから戦術、各ポジションの役割まで詳しく解説してきました。単なる試合再開の手段ではなく、高度な戦略と技術が凝縮された「空中戦」であることがお分かりいただけたでしょうか。
ラインアウトは、以下のポイントに注目するとより深く楽しむことができます。
・スローワーとジャンパーの呼吸:ボールの軌道とタイミングが合っているか。
・サインプレーの駆け引き:誰が飛ぶのか、騙し合いが行われていないか。
・その後の展開:モールで押し込むのか、バックスで展開するのか。
次回ラグビーの試合を観戦する際は、ぜひラインアウトの準備段階から選手たちの動きに注目してみてください。サインの交換やポジショニングの微調整など、ボールが投入される前から勝負は始まっています。ラインアウトの攻防を理解することで、ラグビーの奥深さと面白さがさらに広がるはずです。



