ラグビーの試合を見ていると、選手たちが折り重なってボールを奪い合う激しい場面を何度も目にします。「ラック」と呼ばれるこのプレーは、ラグビーの試合の中で最も頻繁に発生する局面の一つです。一見するとただの団子状態に見えるかもしれませんが、実は非常に厳格なルールと高度な戦略が詰め込まれた重要な瞬間です。ラックを理解することで、試合の流れや勝敗の分かれ目が驚くほどクリアに見えてきます。この記事では、初心者の方にもわかりやすくラックの仕組みやルール、そして観戦時の注目ポイントを丁寧に解説していきます。
ラグビーラックの基本!成立条件と役割を理解しよう

ラグビーの試合中、タックルが起きた直後に発生するのが「ラック」です。まずは、このラックがどのような状態で成立するのか、そして攻撃側と防御側にとってどのような意味を持つのか、基本をしっかりと押さえておきましょう。
ラックが成立する瞬間とは
ラックは、ボールが地面にある状態で、敵味方それぞれのチームから少なくとも1人ずつのプレーヤーが、立ったまま身体を密着させてボールを囲んだ瞬間に成立します。ここで重要なのは「ボールが地面にあること」と「お互いの選手が立っていること」の2点です。
通常、ボールを持った選手がタックルされて倒れると、その選手はボールを離さなければなりません。その地面にあるボールの上に、攻撃側のサポート選手と防御側の選手が集まり、押し合いが始まります。レフリーが「ラック!」とコールすることもありますが、コールがなくても条件が揃えば成立とみなされます。この瞬間から、手を使ってボールを扱うことが原則として禁止され、足でボールをかき出すか、押し込んでボールをまたぐことでマイボールを確保しなければなりません。
モールとの違いを明確にする
ラグビー観戦を始めたばかりの方がよく迷うのが、「ラック」と「モール」の違いです。どちらも選手が密集して押し合うプレーですが、見分け方は非常にシンプルです。決定的な違いは「ボールがどこにあるか」という点にあります。
ラックは前述の通り、ボールが「地面」にあります。一方でモールは、ボールを持った選手が立ったまま、味方や相手選手と密着して塊を作っている状態を指します。つまり、ボールが空中に浮いている(選手が持っている)状態ならモール、地面に転がっていればラックと判断できます。モールが崩れてボールを持つ選手が倒れれば、そこからラックに移行することもあります。この違いを理解しておくと、レフリーの判定や次に起こるプレーの予測がしやすくなります。
攻撃側の目的:ボールを活かす
攻撃側のチームにとって、ラックは「ボールの継続(コンティニュイティ)」を確保するための生命線です。タックルされて倒された後、すぐに味方が寄ってきてラックを形成し、相手選手を押しのけることで、安全にボールを後ろへ出すことができます。
このボールを出すまでの時間をいかに短くするかが、攻撃のテンポを決定づけます。素早くきれいなボールが出れば(クイックボール)、相手の守備が整う前に次の攻撃を仕掛けることができ、トライのチャンスが広がります。逆にラックでの処理にもたつくと、相手ディフェンスラインが整ってしまい、前進するのが難しくなります。そのため、攻撃側は激しく相手を押し込み、クリーンなボールを素早く供給することを目指します。
防御側の目的:ボールを奪う
防御側のチームにとって、ラックは最大のボール奪取(ターンオーバー)のチャンスです。相手の攻撃を断ち切り、一気に攻守を入れ替えることができるからです。ラックにおいて相手を押し込み、ボールを乗り越えてしまえば、そのボールは自分たちのものになります。
また、ボールを奪えなくても、ラックの形成を遅らせることで大きなメリットが生まれます。相手がボールを出すのに時間をかけさせれば(スローボール)、その間に味方のディフェンスラインを整え、壁を作ることができます。このように、防御側は「ボールを奪うこと」と「相手の攻撃を遅らせること」の二つを目的として、激しいプレッシャーをかけ続けます。
ラック周辺のルールは厳格!反則にならないための条件

ラック周辺は選手が密集するため、安全性を確保し、公平なボール争奪を行うために非常に細かいルールが定められています。ここでは、ラックでよく見られる反則と、選手が守るべきルールについて解説します。
ゲート(入場門)から入る重要性
ラックに参加する選手は、どこからでも入っていいわけではありません。必ず「ゲート」と呼ばれる入り口から参加する必要があります。このゲートは、ラックの最後尾にいる味方選手の足と平行なライン(オフサイドライン)の後ろ側に存在します。
【ゲートの入り方】
ラックに参加する際は、自分たちの陣地側から、真っ直ぐに相手方向へ向かって入らなければなりません。
もし横から入ったり、相手側の陣地から回り込んで入ったりすると、「サイドエントリー」という反則を取られます。これは、横からの参加を許すと守備側が簡単にボールを奪えてしまい、攻撃が成立しなくなるのを防ぐためです。選手たちは常に、自分のチームの最後尾を確認し、正しい位置からコンタクトに入るよう意識しています。
倒れた選手はすぐに退く(ノットロールアウェイ)
タックルをした選手、あるいはタックルされた選手が、そのまま地面に倒れ込んでいると、後から来る選手たちの邪魔になります。特にタックルした選手が、相手側にあるボールの近くで倒れ続けていると、攻撃側はスムーズにボールを出すことができません。
そのため、プレーに関与した後に倒れている選手は、すぐにその場から離れる(転がるなどして退く)義務があります。これを怠り、ボールが出るのを妨害したとみなされると、「ノットロールアウェイ」という反則になります。試合中にレフリーが「ロールアウェイ!(退け!)」と叫んでいるのをよく耳にするはずです。選手にとっては、激しい接触の直後にすぐ動くのは大変ですが、スムーズな試合進行のために必須のルールです。
立っていなければならない(シーリングオフ)
ラックはあくまで「立った状態」で行うボールの奪い合いです。しかし、攻撃側の選手がボールを失いたくないあまり、ボールの上に覆いかぶさるように倒れ込んでしまうことがあります。これによって相手選手がボールに絡むのを防ごうとする行為は禁止されています。
このように、自ら倒れ込んでボールを隠したり、守ったりする反則を「シーリングオフ」と呼びます。ボールを「シール(封印)」してしまうという意味です。選手は常に自分の体重を自分の足で支えていなければならず、意図的にグラウンドに膝や肘をついてプレーすることは許されません。このルールがあることで、防御側にもボールを奪い返す公平なチャンスが与えられています。
手を使ってはいけないタイミング
ラックが成立した瞬間から、選手は手でボールを扱うことができなくなります。これが「ハンド」という反則です。ラックの中にあるボールは、足で掻き出す(ラッキング)ことは認められていますが、手で拾い上げたり、手で相手側に押しやったりすることはできません。
ただし、ラックが成立する「直前」であれば、手を使うことが許されています。この一瞬のタイミングを狙ってボールを奪いに行くプレーが、後述する「ジャッカル」です。ラック成立のレフリーコールや状況判断が遅れ、ラックになった後にボールに触れてしまうと、即座にペナルティを取られます。この「手を使えるか使えないか」の境界線は非常に際どく、選手たちの高度な判断力が求められる場面です。
試合を左右する「ジャッカル」とラックの攻防

近年のラグビーで特に注目されているプレーが「ジャッカル」です。ラックができるかどうかの接点でボールを奪うこのプレーは、試合の流れを劇的に変えるビッグプレーとなります。
ジャッカルとはどのようなプレーか
ジャッカルとは、タックルが起きた直後、守備側の選手が立ったままボールに働きかけ、相手からボールを奪い取る、または反則を誘うプレーのことです。動物のジャッカルが獲物を横取りする様子に似ていることから名付けられました。
タックルされた選手は、地面にあるボールを離さなければなりません。しかし、ジャッカルに入った選手がボールをガッチリと掴んでいると、ボールを離すことができなくなります。この状態を作り出すと、攻撃側は「ノットリリースザボール(ボールを離さなかった反則)」を取られます。つまり、ジャッカルはボールを直接奪うだけでなく、相手の反則を誘発してペナルティキックを獲得する手段としても非常に有効です。
ジャッカルが成功する条件
ジャッカルを成功させるためには、いくつかの厳しい条件をクリアしなければなりません。まず、タックルをした選手であれば、一度完全に起き上がってからプレーする必要があります。タックルに参加していない選手であれば、ゲート(自陣側の入り口)から正しく入らなければなりません。
さらに最も重要なのが、「自分の体重を自分の足で支えていること」です。ボールに手を伸ばす際、相手選手に寄りかかったり、膝や手が地面についたりしていると、フォームが崩れたとみなされ反則を取られます。強靭な体幹とバランス感覚を持ち、相手の攻撃サポートが到着するほんの数秒の間にボールに絡む、まさに職人芸とも言えるプレーです。
オーバーザトップとの紙一重な判定
ジャッカルを狙う際、選手は相手のボールに向かって身体を低く構えます。この時、勢い余って相手側に倒れ込んでしまうと、「オーバーザトップ」という反則になります。ラックにおいて相手側に倒れ込み、ボールが出るのを妨げたとみなされるからです。
ジャッカルは、ボールを上に引き上げる動作ですが、相手のサポート選手(オーバー)はそれを阻止しようと激しく突き飛ばしてきます。この衝撃に耐えながら、立った姿勢を維持するのは至難の業です。レフリーは、ジャッカルに入った選手が「自立しているか」、それとも「相手に覆いかぶさっているか」を瞬時に見極めます。観客席から見るとナイスプレーに見えても、わずかにバランスを崩して反則を取られることも多く、非常にリスキーなプレーでもあります。
サポートプレーヤー(オーバー)の役割
攻撃側にとって、ジャッカルを許すことは攻撃終了を意味します。それを防ぐために重要なのが、タックルされた味方を助けに行くサポートプレーヤーの存在です。この動きを「オーバー」と呼びます。
オーバーに入る選手は、ジャッカルを狙う相手選手を猛烈な勢いで剥がしにかかります。相手を突き飛ばし、ラックの彼方へ排除することで、ボールを安全な状態にします。この「オーバー」の寄りが早ければ早いほど、ボールを奪われるリスクは減ります。タックルされた味方が倒れるのとほぼ同時に、2人目、3人目の味方が殺到し、相手を弾き飛ばす。この一連の速さと激しさが、強豪チームの共通点でもあります。
良いラックを作るためのテクニックと身体の使い方

ラックは単なる力任せの押し合いではありません。より効率的に、より安全にボールを確保するために、選手たちは高度な身体操作を行っています。ここでは、強いラックを作るための技術的な側面を掘り下げます。
低い姿勢「ボディポジション」の基本
ラグビーのコンタクトプレーにおいて、最も重要とされるのが「低さ」です。ラックにおいても、相手より低い姿勢を取ることが勝利の絶対条件となります。これを「ボディポジション」と呼びます。
相手より低い位置から肩を当て、下から上へと突き上げるように力を加えることで、自分より体の大きな相手でも動かすことができます。逆に姿勢が高いと、相手に下に入り込まれ、簡単にバランスを崩されてしまいます。選手たちは練習中、常に地面すれすれの低い姿勢を保つトレーニングを繰り返し、極限状態でその姿勢を維持できるよう鍛え上げています。
パック(塊)としての強さ
ラックでは、1人よりも2人、2人よりも3人と、選手同士が密着して「パック(塊)」になることで強大なパワーを生み出します。これを「バインド」と言います。味方同士が腕でしっかりと身体を繋ぎ合わせることで、一体となって相手を押すことができます。
バラバラに相手に当たっていくと、各個撃破されてしまいますが、塊となって質量を増せば、相手ディフェンスを粉砕して前進することが可能になります。特にゴールライン直前の攻防では、フォワードの選手たちが一丸となってラックを押し込み、そのまま雪崩れ込んでトライを奪うシーンも見られます。結束力が物理的な強さに直結するのです。
スイープ(相手を剥がす)技術
前述した「オーバー」の動作において、相手をラックから排除する技術を「スイープ」と呼びます。ただ押すだけでなく、相手の身体の軸をずらしたり、腕を巻き込んで無力化したりするテクニックが求められます。
特に、ジャッカルに入っている相手は強固な姿勢でボールを守っています。その相手を剥がすには、「ゲーターロール(ワニが獲物を噛んで回転する動き)」のように、相手の胴体を抱えてねじり倒す技術などが使われることもあります(※首への危険なプレーは厳しく禁止されています)。安全かつ効果的に相手を無力化し、ボールを確保する職人技が、ラックの攻防の中には隠されているのです。
メモ:
スイープを行う際は、相手の首や頭に接触しないよう細心の注意が必要です。近年は頭部保護の観点から、少しでも首にかかると重いペナルティになります。
素早いボール出し(球出し)の技術
ラックからボールを出す役目(多くはスクラムハーフ)にとって、足元のボールがいかに扱いやすい位置にあるかは死活問題です。ラックに参加している選手たちは、相手を押し込みながらも、足を使って器用にボールを味方側へ送ります。
この時、ボールがラックの中で止まってしまうと反則や相手ボールのスクラムになってしまう恐れがあります。そのため、選手たちは「ロングリリース」といって、倒れた際にできるだけ体を伸ばしてボールを遠くに置いたり、ラックの中で足を使ってボールを後方へ転がしたりします。この地味ながらも繊細なボール扱いが、次の華麗なパスワークを支えているのです。
ラックから見るラグビー観戦の楽しみ方

ラックの仕組みがわかってくると、ラグビー観戦の視点が大きく変わります。ボールの行方だけを追うのではなく、ラック周辺の攻防に注目することで、試合の深みを感じられるようになります。
ボールの出るテンポに注目する
強いチームは、ラックからボールが出るまでの時間が非常に短いです。これを「テンポ」と呼びます。タックルされてから3秒以内にボールが出れば、相手ディフェンスは整う暇がなく、攻撃側が有利に攻め続けられます。
観戦時は、「タックル!…1、2、パス!」というリズムを数えてみてください。これがスムーズな時は攻撃側が優勢です。逆に、ラックで時間がかかり、ボールがなかなか出てこない時は、防御側が素晴らしい仕事をしている証拠です。このテンポの速さが試合の勢い(モメンタム)を表しています。
レフリーのジャッジとコミュニケーション
ラックは反則が起きやすい場所なので、レフリーと選手のコミュニケーションが頻繁に行われます。レフリーは「ハンド!(手を使うな)」「リリース!(ボールを放せ)」「ロールアウェイ!(退け)」など、常に声をかけて反則を未然に防ごうとしています。
スタジアムやテレビ放送で、レフリーのマイク音声に耳を傾けてみてください。レフリーが何に対して注意しているのかがわかると、次にどちらのチームにペナルティが与えられるか予想できるようになります。また、キャプテンがレフリーの判定基準を確認しに行く様子なども、心理戦の一部として楽しめます。
フォワード同士の激しい肉弾戦
バックスの華麗なランやパスに目が奪われがちですが、そのチャンスを作っているのは、ラックで体を張り続けるフォワードの選手たちです。彼らは1試合に何十回、何百回とラックに入り、泥臭く相手とぶつかり合っています。
テレビ中継などでは、ラックの密集地帯がアップになることがあります。その時、選手たちの苦悶の表情や、雄叫びを上げて相手を押し返す気迫に注目してください。「あと数センチ」の前進を勝ち取るために全力を尽くす姿に、ラグビーというスポーツの本質的な熱さを感じることができるはずです。
観戦のコツ:
ボールを持っていない選手が、次のラックに備えてどう走っているかを見るのも通な楽しみ方です。良い選手は、ボールが動く前に次の激戦地を予測して移動しています。
まとめ:ラグビーラックを理解して試合の流れを読み解こう
今回は「ラグビーラック」について、その仕組みやルール、観戦のポイントを詳しく解説してきました。ラックは、ボールが地面にある状態で敵味方が立ったまま密集し、ボールを奪い合うプレーです。攻撃側にとってはボールを継続するための拠点であり、防御側にとってはボールを奪還する絶好のチャンスとなります。
記事のポイントを振り返ります。
- ラックは「地面にあるボール」を「立った状態」で囲むと成立する。
- 参加する際は必ず「ゲート(自陣側)」から入らなければならない。
- 倒れた選手はすぐに退き、手を使ってはいけない(ハンドの禁止)。
- 一瞬の隙を突いてボールを奪う「ジャッカル」は試合を大きく動かす。
- 低い姿勢と集団での結束が、ラックの強さを決める。
ラグビーの試合中、ラックは数え切れないほど発生します。その一つ一つに、選手たちの技術、判断、そして「ボールを絶対に渡さない」という執念が込められています。これまで「ただの密集」に見えていたシーンも、ルールや意図を知ることで、熱い攻防のドラマとして楽しめるようになるでしょう。ぜひ次の試合観戦では、ラックの中で繰り広げられる激しい戦いに注目してみてください。



