ラグビーの試合で最も盛り上がる瞬間、それが「トライ」です。選手たちが激しいタックルをかわし、あるいは身体をぶつけ合いながらボールをインゴールへと運ぶ姿は、観る者の心を熱くします。しかし、ラグビーを観始めたばかりの方にとっては、「なぜ今のがトライなの?」「何点入ったの?」と疑問に思うシーンもあるかもしれません。この記事では、ラグビーの華であるトライについて、基本的なルールから得点の仕組み、さらには知っておくとより観戦が楽しくなる歴史や戦術までを詳しく解説します。
ラグビーのトライの基本ルールと得点の仕組み

ラグビーにおいて「トライ」は最大の得点源であり、試合の勝敗を大きく左右する重要なプレーです。まずは、トライが成立するための基本的な条件と、それに伴う得点の仕組みについて詳しく見ていきましょう。
トライの定義と成立条件
トライとは、攻撃側の選手が相手のインゴールエリア(ゴールラインとその奥のデッドボールラインの間の領域)にボールを持ち込み、地面につけることを指します。この「地面につける」という行為が非常に重要で、単にインゴールに入っただけでは得点になりません。ボールを持っている選手が、自らの手や腕、あるいは上半身を使ってボールを地面に押し付けることで初めてトライと認められます。これを「グランディング」と呼びます。
また、インゴールエリアのライン上も判定の対象となります。ゴールラインそのものはインゴールに含まれるため、ライン上にボールを押さえればトライです。しかし、デッドボールライン(一番奥の線)やタッチインゴールライン(横の線)は「外」とみなされるため、このライン上にボールが触れてしまうとトライにはなりません。このギリギリの攻防が、ラグビーの醍醐味の一つでもあります。
獲得できる点数は5点
トライが認められると、そのチームには5点が入ります。かつては4点だった時代もありましたが、より攻撃的なラグビーを促進するために1992年から現在の5点に変更されました。この5点という点数は、ペナルティゴール(3点)やドロップゴール(3点)よりも高く設定されており、リスクを冒してでもトライを狙いに行く価値があるように設計されています。
例えば、3点差で負けている場面で、ペナルティゴール(3点)を決めて同点にするか、あえてトライ(5点)を狙って逆転を目指すか、といったキャプテンの判断も見どころの一つです。トライによる5点は、試合の流れを一気に変える大きな力を持っています。
トライ後のコンバージョンキック
トライが決まると、さらに追加得点のチャンスが与えられます。これを「コンバージョンキック」または「ゴールキック」と呼びます。トライをした地点からフィールドの縦方向(タッチラインと平行な線上)であれば、好きな距離まで下がってキックを打つことができます。
このキックがH型のゴールポストの間、かつクロスバーの上を通過すれば、さらに2点が加算されます。つまり、トライ(5点)とコンバージョンキック(2点)を合わせると、一度の攻撃機会で最大7点を獲得することができるのです。中央付近でトライをすると、キックも真正面から蹴ることができるため成功率が高くなりますが、端の方でトライをすると角度が厳しくなり、キックの難易度が格段に上がります。
トライにならないケースとは
インゴールにボールを持ち込んだとしても、必ずしもトライになるとは限りません。よくあるのが「ヘルドアップ(Held Up)」と呼ばれる状態です。これは、攻撃側の選手がインゴールに入ったものの、守備側の選手がボールの下に手や体を差し込み、ボールが地面につくのを阻止した場合に宣告されます。この場合、トライは認められず、以前は5メートルスクラムでの再開でしたが、現在はゴールラインドロップアウトでの再開となり、守備側がボールを蹴り出して陣地を回復することができます。
また、「ダブルムーブメント」という反則もトライ際でよく起こります。タックルされて倒れた選手は、すぐにボールを放すか、立ち上がらなければなりません。倒れた状態で這いずって前進し、トライをしようとする行為は反則となり、相手ボールのペナルティとなってしまいます。
トライが認められるための重要条件「グランディング」

先ほど少し触れましたが、トライを成立させるための絶対条件である「グランディング(Grounding)」について、もう少し深く掘り下げてみましょう。このルールを理解していると、密集戦でのトライ判定がより面白く見えてきます。
手や腕で押さえる場合
最も一般的なグランディングの方法は、手や腕を使ってボールを地面に押し付けることです。この時、必ずしも両手で持っている必要はありません。片手でも、あるいは指先だけでも、ボールに対して「下向きの圧力(ダウンワードプレッシャー)」をかけていればグランディングとして認められます。
重要なのは、ボールを「持っている」ことと「押さえる」ことの違いです。ボールを持ってインゴールに飛び込んだ際、手からボールが離れてしまった場合(ノックオン)はトライになりません。しかし、ボールが地面にある状態で、手や腕を使って上からしっかりと押さえつけた場合はトライとなります。空中でボールをコントロールできているかどうかが、スローモーション再生(TMO)で厳しくチェックされるポイントです。
上半身を使って押さえる場合
手や腕だけでなく、首から腰までの「上半身(トルソー)」を使ってボールを押さえることも認められています。例えば、足元に転がっているボールに対して、セービングするように胸やお腹で覆いかぶさり、ボールを地面との間で挟み込んだ場合もトライになります。
このケースは、キックパスを追いかけてインゴールに飛び込む際や、相手が落としたボールを拾わずに確保する際によく見られます。ただし、下半身(足や太もも)だけでボールを挟んだり押さえたりしても、それはグランディングとは認められません。必ず上半身がボールに触れ、地面に圧力をかけている必要があります。
ビデオ判定(TMO)の役割
現代ラグビーでは、人間の目だけでは判断が難しい際どいプレーが増えています。特にゴールライン付近では、多数の選手が重なり合い、ボールが地面についたかどうかが見えないことが多々あります。そこで活躍するのがTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)です。
レフリーが「トライかどうか確信が持てない」と判断した場合、TMOに映像の確認を要求します。別室にいる担当者が様々な角度からのカメラ映像を確認し、ボールが地面についた瞬間(グランディング)があるか、あるいはその前にノックオンやオフサイドなどの反則がなかったかをチェックします。観客もスタジアムの大型ビジョンでその映像を見守り、「トライか、ノートライか」の判定を待つ時間は、独特の緊張感に包まれます。
オンフィールドレビュー
レフリーがTMOを要求する際、「私の見たところトライだと思うが、確認してほしい(Try Yes)」や「グランディングが見えなかったので確認してほしい(No Try)」といった意思表示をすることがあります。TMOの映像でも明確な証拠が見つからない場合は、このレフリーの最初の感覚(オンフィールドディシジョン)が優先されます。
試合の流れを変える「ペナルティトライ」とは

通常のトライとは異なり、レフリーの判断によって自動的に与えられる特別なトライがあります。それが「ペナルティトライ(認定トライ)」です。これは守備側の重大な反則に対する厳しい罰則であり、試合の流れを一変させる威力を持っています。
認定されるための条件
ペナルティトライが宣告されるための条件は、「守備側の反則がなければ、間違いなくトライが決まっていた」とレフリーが判断した場合です。単に反則があっただけでは適用されません。「反則さえなければトライだった」という高い確実性(プロバブル・トライ)が必要となります。
よくあるケースとしては、ゴールライン直前でのスクラムを故意に崩した場合や、トライ寸前の相手選手に対して首に腕をかけるような危険なタックル(ハイタックル)をして止めた場合、あるいはパスをインターセプトしようとして故意にボールをはたき落とした(インテンショナル・ノックオン)場合などが挙げられます。これらの行為によって「確実なトライ」が防がれたとみなされれば、ペナルティトライが与えられます。
自動的な7点とコンバージョン不要のルール
以前のルールでは、ペナルティトライの後もコンバージョンキックを行う必要がありました。しかし、2017年のルール改正により、ペナルティトライが宣告された時点で自動的に7点(トライ5点+キック成功相当2点)が入ることになりました。これにより、キックの時間を省略してスピーディーに試合を再開できるようになりました。
守備側にとっては、反則で止めたにも関わらず最高得点である7点を献上することになるため、非常に大きなダメージとなります。逆に攻撃側にとっては、難しい角度からのトライであっても、ペナルティトライになれば真ん中にトライしたのと同じ7点を得られるため、大きなメリットとなります。
イエローカードとの関連性
ペナルティトライが与えられるようなプレーは、悪質性が高い、または決定的なチャンスを不正に潰したと判断されるため、反則を犯した選手に対してイエローカード(シンビン)が提示されることがほとんどです。
イエローカードを受けると、その選手は10分間の一時的退場となります。つまり、守備側は「7点を奪われる」だけでなく、「10分間1人少ない状態で戦わなければならない」という二重の罰を受けることになります。試合終盤の接戦でペナルティトライが発生すると、得点差と人数差の両方がのしかかり、勝敗がほぼ決定的になることも珍しくありません。
観客を沸かせる様々なトライの種類と戦術

「トライ」と一言で言っても、その形は様々です。フォワード(FW)が力でねじ込むものから、バックス(BK)が華麗なパスワークで奪うものまで、多彩なトライのパターンを知ることで、各チームの戦術や狙いが見えてきます。
FWの力技!「ピック&ゴー」と「モールトライ」
ゴールラインまであと数メートルという場面でよく見られるのが、フォワードによる力強い攻撃です。「ピック&ゴー」は、ラック(密集)からボールを拾い上げ(ピック)、低い姿勢で相手に突っ込んでいく(ゴー)プレーです。これを何度も繰り返し、少しずつ前進して最後は雪崩れ込むようにトライを奪います。
また、「モールトライ」もフォワードの見せ場です。ラインアウトなどから選手が立ったまま塊(モール)を作り、全員で結束して押し込んでいきます。相手ディフェンスを粉砕しながら進む「ドライビングモール」からのトライは、チームの団結力を象徴する迫力満点のプレーです。
一瞬の隙を突く「インターセプトトライ」
守備側のチームが一気にチャンスを掴むのが「インターセプト」です。相手チームがパスを回しているその軌道を読み、パスを空中でカットして奪い取ります。インターセプトに成功すると、相手の守備ラインは攻撃のために前に出てしまっているため、背後は無人の野となることが多くあります。
ボールを奪った選手がそのまま独走し、誰もいないインゴールへ飛び込むシーンは、スタジアムの歓声が悲鳴と歓喜に二分される劇的な瞬間です。一発逆転の可能性を秘めた、最もスリリングなトライの一つと言えるでしょう。
空間を支配する「キックパス」と「グラバーキック」
手でボールを運ぶのが難しいほど相手の守備が堅い場合、足(キック)を使う戦術が有効になります。「キックパス」は、フィールドの横幅いっぱいにいる味方ウィング(WTB)へ向かって、ボールを高く蹴り上げるプレーです。正確なキック技術と、空中で競り勝つキャッチ力が組み合わさった時に生まれるトライは、非常に芸術的です。
また、地面を転がす「グラバーキック」も効果的です。相手ディフェンスの裏のスペースにボールを転がし、足の速い選手がそれを追い越してグランディングします。予測不可能なボールの動きが、守備側を翻弄し、予期せぬトライを生み出します。
FWのプライド「スクラムトライ」
ゴールラインの目の前(5メートル地点など)でスクラムを組むチャンスを得た時、フォワードたちが選択するのが「スクラムトライ」です。8人のフォワードが一体となってスクラムを押し込み、ボールを足元でコントロールしながらインゴールまで運びます。
スクラムがそのままインゴールに入れば、最後はNo.8(ナンバーエイト)の選手がボールを押さえるか、スクラムが崩れてペナルティトライになることもあります。相手フォワードを力で完全に圧倒した証明であり、フォワードの選手たちにとっては最高の瞬間のひとつです。
スピードと連携の結晶「バックスのランニングトライ」
ラグビーのハイライトシーンで最もよく見るのが、バックス(BK)による華麗なパス回しからのトライでしょう。スタンドオフ(SO)やセンター(CTB)が巧みなステップで相手をかわし、ウィング(WTB)やフルバック(FB)といった俊足の選手にボールを繋ぎます。
「オフロードパス(タックルされながら出すパス)」を駆使してディフェンス網を切り裂き、トップスピードで走り抜ける姿は爽快そのものです。複数の選手が連動し、あたかもあらかじめ描かれていた図面のようにトライが決まる瞬間は、チーム戦術の完成度の高さを物語っています。
知っておくと面白い「トライ」の語源と歴史

現在では5点という高得点が与えられるトライですが、ラグビーが生まれた当初は全く異なる扱いを受けていました。ここでは、少し視点を変えて、トライという言葉の由来や、得点の歴史的変遷について解説します。これを知ると、ラグビーというスポーツの成り立ちがより深く理解できます。
「トライ(Try)」=「挑戦権」だった
そもそも、なぜ「トライ(Try)」という名前なのでしょうか。英語の “Try” は「試みる」「挑戦する」という意味です。実は、19世紀のラグビー草創期において、ボールをインゴールに持ち込むこと(現在のトライ)自体には得点がありませんでした。
当時のルールでは、ボールをインゴールに持ち込むことで、初めて「ゴールキックに挑戦する権利(Try at goal)」が得られたのです。得点が入るのは、その後のキックが成功した時だけでした。つまり、「得点するためのキックにトライ(挑戦)できる」という意味から、このプレーが「トライ」と呼ばれるようになったのです。現在の「コンバージョン(変換)」という言葉も、トライという挑戦権を得点に変換するという意味の名残です。
0点から5点への進化
時代が進むにつれて、キックよりもボールを持って走るプレーの重要性が増していきました。それに伴い、トライ自体の得点価値も徐々に高まっていきました。
トライの点数の変遷
・1871年頃:0点(キックへの挑戦権のみ)
・1886年:1点
・1891年:2点
・1893年:3点
・1971年:4点
・1992年:5点(現在)
このように、約100年以上の時間をかけて、トライの価値は0点から5点へと上昇してきました。特に1992年に4点から5点に変更されたことは、現代ラグビーに大きな影響を与えました。ペナルティゴール(3点)との差が広がったことで、「とりあえずキックで3点を取る」という消極的な戦術よりも、「リスクを冒してでも5点(+2点)を狙う」という攻撃的なラグビーが推奨されるようになったのです。
現代ラグビーにおける価値の変化
点数の変更は、単なる数字の変化以上の意味を持っています。トライの価値が高まったことで、ディフェンスの戦術も進化し、いかにトライを防ぐかという組織的な防御システムが構築されました。また、観客もキック合戦よりボールが動くランニングラグビーを好む傾向にあり、ルール改正はラグビーをよりエンターテインメント性の高いスポーツへと進化させました。
現在でも、ワールドラグビー(国際統括団体)はルールを微調整し続けており、より多くのトライが生まれるような工夫を凝らしています。私たちが熱狂するトライの瞬間は、長い歴史の中で「ボールを持って走る」ことの価値を追求し続けてきた結果なのです。
まとめ:ラグビーのトライを知って観戦をもっと楽しもう
ここまで、ラグビーの「トライ」について詳しく解説してきました。トライは単に5点が入る得点シーンというだけでなく、そこに至るまでの選手たちの身体を張った攻防、レフリーによる厳格な判定、そしてラグビーという競技の歴史そのものが詰まっています。
改めて要点を振り返ると、トライとはボールをインゴールに持ち込み、上半身や手を使ってしっかりと地面につける(グランディング)ことで成立します。その後のコンバージョンキックと合わせて最大7点を獲得できるチャンスであり、試合の流れを一気に引き寄せるビッグプレーです。また、ペナルティトライのような例外的なルールや、フォワードとバックスそれぞれの特性を活かした多彩なトライの形があることもわかりました。
次にラグビーの試合を観戦する際は、ぜひ「どうやってそのトライが生まれたのか」「なぜレフリーはビデオ判定を求めたのか」といった視点を持ってみてください。選手たちが必死にボールを繋ぎ、トライラインを目指す姿が、これまで以上にドラマチックに、そして感動的に映ることでしょう。



