ラグビーワールドカップや国際試合のニュースを見ていると、「ティア1(Tier 1)」という言葉を耳にすることはありませんか?
「強豪国のことだとは思うけれど、詳しくはわからない」「日本はそこに入っているの?」と疑問に思う方も多いでしょう。
実はこの「ティア1」という区分けは、単なる強さのランキング以上の深い意味を持っており、最近ではその定義自体も大きく変わりつつあります。
この記事では、ラグビー観戦がもっと面白くなる「ティア1」の基礎知識から、日本代表の現在の立ち位置、そして2026年から始まる新しい世界大会について、わかりやすく解説します。
【ティア1の基礎知識】ラグビー界を牽引する強豪国グループ

まずは、「ティア1」という言葉が本来何を指しているのか、その基本的な意味と、そこに含まれる国々について見ていきましょう。
「ティア」とは階級のこと
「ティア(Tier)」は英語で「段」や「階層」を意味する言葉です。
ラグビー界では長い間、各国協会の実力や経済力、歴史的な実績に基づいて、世界中の国々を階級分けしてきました。
その最上位に位置するのが「ティア1」です。単に試合が強いだけでなく、ラグビーの長い歴史と伝統を持ち、運営基盤もしっかりしている国々がこのグループに属しています。
つまり、ティア1とは「世界ラグビー界のエリートグループ」と言い換えることができるでしょう。
ティア1に含まれる10カ国
伝統的に「ティア1」と呼ばれてきたのは、以下の10カ国です。これらは大きく北半球と南半球のグループに分かれています。
北半球のグループは、毎年行われる「シックス・ネーションズ(6カ国対抗)」に参加している国々です。
| 地域 | 国名 | 愛称(代表チーム名) |
|---|---|---|
| 北半球 (欧州) |
イングランド | レッドローズ |
| スコットランド | ダークブルー | |
| アイルランド | シャムロック | |
| ウェールズ | レッドドラゴンズ | |
| フランス | レ・ブルー | |
| イタリア | アズーリ |
南半球のグループは、「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」という大会に参加している4カ国です。
| 地域 | 国名 | 愛称(代表チーム名) |
|---|---|---|
| 南半球 | ニュージーランド | オールブラックス |
| 南アフリカ | スプリングボクス | |
| オーストラリア | ワラビーズ | |
| アルゼンチン | ロス・プーマス |
世界ランキングとの違い
よくある誤解として、「世界ランキングの上位10カ国がティア1」だと思われていることがありますが、これは正確ではありません。
世界ランキングは、試合の勝敗によって毎週ポイントが変動し、順位が入れ替わります。
一方で「ティア1」という区分は、歴史的な枠組みであるため、一時的に調子を落としてランキングが下がっても、すぐにティア2に降格することはありませんでした。
この「固定された階級」という性質が、ラグビー界独特の伝統でもあり、同時に議論の的にもなってきたのです。
なぜ階級分けが必要だったのか
ラグビーは身体的な接触が激しいスポーツであり、実力差がありすぎるチーム同士が戦うと、大差がつくだけでなく怪我のリスクも高まります。
そのため、実力が拮抗したレベルの高い国同士で多くの試合を組み、興行としても成功させるために、このような区分けが機能してきました。
また、ワールドラグビー(国際統括団体)からの助成金の配分など、運営面での基準としても使われていた背景があります。
ティア1とティア2の具体的な違いとは?試合日程や環境の格差

「ティア1」と、日本などが長く属していた「ティア2(中堅国)」の間には、実力以外の面でも大きな格差が存在してきました。
ここでは、ファンからは見えにくい「環境の違い」について解説します。
テストマッチ(国際試合)の組みやすさ
最大の格差は、強豪国との対戦機会の数にあります。
ティア1の国々は、「シックス・ネーションズ」や「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」という定期的な大会を持っているため、毎年必ず強豪同士で真剣勝負ができます。
しかし、ティア2の国々はそうした定期戦の枠組みに入っていないため、ティア1の国と試合を組むこと自体が非常に困難でした。
「強い相手と戦って経験を積みたいのに、試合を組んでもらえない」というジレンマが、ティア2の国々の成長を妨げる壁となっていたのです。
財政面とプロフェッショナリズム
ラグビー協会の収入規模にも大きな差があります。
ティア1の国々は、人気カードの試合を主催することで多額の放映権料やチケット収入を得ることができます。
豊富な資金は、選手への報酬だけでなく、代表チームの練習環境、コーチ陣の雇用、若手選手の育成プログラムなどに投資されます。
一方で資金力の乏しい国では、代表選手が普段は別の仕事を持っていたり、十分な合宿期間を確保できなかったりと、プロとして活動する環境にハンデを抱えているケースも少なくありません。
ワールドラグビーでの議決権
ラグビーの国際ルールや大会方式を決める「ワールドラグビー理事会」での投票権(議決権)にも違いがありました。
ティア1の国々は、伝統的にそれぞれ「3票」という強い議決権を持っており、自分たちに有利な決定を行いやすい構造がありました。
これに対し、ティア2以下の国や地域協会は票数が少なく、世界のラグビー界の方針決定に対して声を反映させにくい状況が続いていました。
しかし、この「政治力」の格差については、近年の日本代表の活躍などもあり、大きな変化が起きています。
日本代表はティア1入りしたのか?ハイパフォーマンスユニオンへの昇格

日本のラグビーファンにとって最も気になるのが、「今の日本代表はティア1なのか?」という点ではないでしょうか。
結論から言うと、日本は現在、実質的な「ティア1」と同等の扱いを受ける地位を獲得しています。
2023年5月の歴史的決定
2015年ワールドカップでの南アフリカ撃破、そして2019年日本大会でのベスト8進出という快挙を経て、日本の実力は世界中に認められました。
そして2023年5月、ワールドラグビーの理事会にて、日本ラグビーフットボール協会が「ハイパフォーマンスユニオン」として正式に認められました。
これは事実上の「ティア1入り」を意味する歴史的な出来事です。
「ティア」という言葉の廃止
ここで注意したいのが、現在ワールドラグビーは公式には「ティア1」「ティア2」という言葉を使わなくなっているという点です。
「階級」という言葉が持つ排他的なイメージを払拭するため、現在は以下のような名称に変更されています。
【現在の公式な分類】
・ハイパフォーマンスユニオン
旧ティア1の10カ国 + 日本(計11カ国)
・パフォーマンスユニオン
旧ティア2の上位国(フィジー、サモア、ジョージアなど)
日本は名実ともに、世界のトップ11カ国の一員として認められたことになります。
投票権が「3票」に増加
ハイパフォーマンスユニオン入りしたことによる具体的なメリットの一つが、理事会での投票権です。
以前は2票だった日本の持ち票が、イングランドやニュージーランドと同じ「3票」に増えました。
これは、世界のラグビー界のルール作りや意思決定において、日本がリーダーシップを発揮できる立場になったことを示しています。
「アジアの代表」としてだけでなく、「世界のリーダー」としての責任が日本に求められるようになったのです。
それでも残る「対戦の壁」
地位は向上しましたが、課題がすべて解決したわけではありません。
既存の「シックス・ネーションズ」や「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」といった大会は、依然として固定されたメンバーで行われています。
日本が定期的に強豪国と試合をするためには、これらの大会に参加するか、あるいは新しい大会の枠組みが必要となります。
そこで注目されているのが、次に紹介する新しい世界大会です。
世界のラグビー勢力図の変化と新大会「ネーションズ・チャンピオンシップ」

2026年から、ラグビー界の構造を根本から変える新しい大会「ネーションズ・チャンピオンシップ」が始まります。
この大会の誕生により、これまでの「ティア1」の概念はさらに変化していくことになります。
2026年開幕!ネーションズ・チャンピオンシップとは
この新大会は、ワールドカップのない年に、2年に1度開催される世界規模のリーグ戦です。
7月と11月のテストマッチ期間を利用して行われ、北半球と南半球のトップチームが激突し、その年の年間王者を決定します。
これまでは単発の交流試合だったテストマッチに、「優勝」という明確な目標とストーリーが生まれることになります。
参加するトップ12カ国
記念すべき第1回大会(2026年)に参加するのは、以下の12カ国となる予定です。
ここでも日本はしっかりとメンバーに入っています。さらに、実力国でありながら長くティア2扱いだったフィジーも加わりました。
つまり、これからの時代の「真のティア1(トップ層)」は、この12カ国を指すようになるでしょう。
昇降格制度の導入は2030年から
この大会のポイントは、当初の数年間は参加国が固定されるという点です。
2026年、2028年の大会までは、下部カテゴリーとの入れ替え(昇降格)がありません。
しかし、2030年からは昇降格制度が導入される予定となっており、下部大会(チャレンジャーシリーズ)で優勝したチームが、トップ12に入ってくる可能性があります。
これにより、ジョージアやサモアといった他の強豪国にもチャンスが広がり、世界全体の競争力が底上げされることが期待されています。
ティア1諸国の特徴と観戦の楽しみ方

ティア1(ハイパフォーマンスユニオン)の国々は、それぞれ独自のラグビースタイルと文化を持っています。
これを知っておくと、試合観戦がより一層楽しくなります。
北半球スタイルの特徴(欧州)
イングランドやフランスなど北半球の国々は、伝統的に「セットプレー(スクラムやラインアウト)」を重視します。
雨が多くグラウンドが重くなりやすい気候の影響もあり、キックを使って陣地を確実に進め、フォワード(FW)のパワーで押し勝つような、緻密で戦術的なラグビーが発展してきました。
観客も、スクラムでの押し合いや、正確なキック合戦に対して大きな拍手を送るなど、玄人好みのプレーを愛する傾向があります。
南半球スタイルの特徴(SANZAAR)
ニュージーランドやオーストラリアなど南半球の国々は、「ボールを展開する」スタイルを好みます。
比較的気候が良く、グラウンド状態も良いため、パスを素早く回し、グラウンドの幅を広く使ってトライを狙う、スピーディーで攻撃的なラグビーが特徴です。
特にニュージーランド(オールブラックス)の変幻自在なパスワークや、フィジー(新トップ12)の予測不可能なランニングは、見る者を魅了します。
応援の文化の違い
スタジアムの雰囲気も国によって全く異なります。
・ウェールズ:
ラグビーが国技。スタジアム全体で歌う国歌や応援歌の大合唱は世界一の迫力と言われます。
・フランス:
情熱的な応援と、ブーイングも含めた騒々しさが特徴。ブラスバンドの演奏が響き渡ります。
・ニュージーランド:
試合前の「ハカ(Haka)」は必見。神聖な儀式として、スタジアム全体が静まり返って見守ります。
まとめ:ティア1の理解でラグビー観戦がもっと面白くなる
今回は、ラグビーの「ティア1」というキーワードについて、その定義や日本代表の立ち位置、そして未来の形について解説しました。
最後に、記事の要点を振り返ってみましょう。
●ティア1とは、伝統的な強豪10カ国を指す言葉だった
本来はシックス・ネーションズ(欧州6カ国)とラグビーチャンピオンシップ(南半球4カ国)の参加国を指していました。
●現在は「ハイパフォーマンスユニオン」へ
公式には「ティア」という名称は廃止され、日本を含めた11カ国が最上位グループとして認定されています。
●日本は実質的なティア1入りを果たしている
2023年にハイパフォーマンスユニオン入りし、投票権も増加。名実ともに世界のリーダーの一員となりました。
●2026年からは「トップ12」の時代へ
新大会「ネーションズ・チャンピオンシップ」の開始により、日本とフィジーを加えた12カ国が新しいトップ層を形成します。
「ティア1」という言葉は、単なる強さの指標ではなく、ラグビーの歴史と世界戦略が詰まったキーワードです。
今後は「日本がティア1の国々とどう戦うか」だけでなく、「日本がリーダーの一員として、世界のラグビーをどう盛り上げていくか」という視点で応援すると、また違った感動が見つかるはずです。



