ラグビーの試合を観戦していると、フィールドの両端にそびえ立つ大きな「H型」の柱が目に留まるはずです。これがラグビーゴールです。得点の行方を左右する重要な存在ですが、その正確な高さや幅、なぜあの独特な形をしているのかを詳しく知っている人は少ないかもしれません。実は、あの形状にはルール上の深い理由が隠されています。また、ゴールをめぐる攻防や判定の仕組みを知ることで、観戦の面白さは格段にアップします。この記事では、ラグビーゴールの基礎知識から意外な豆知識まで、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。
ラグビーゴールのサイズと高さの秘密! H型の形状には理由があります

ラグビー場に入るとまず圧倒されるのが、空に向かって高く伸びるゴールポストの存在感です。サッカーやハンドボールとは全く異なるこの形状には、ラグビーならではの歴史とルールが密接に関係しています。まずは基本的なサイズや、なぜ「H型」なのかという疑問から紐解いていきましょう。
独特な「H型」形状と高さのルール
ラグビーゴール最大の特徴は、アルファベットの「H」の形をしていることです。これは、地面から垂直に伸びる2本のポールと、それを繋ぐ水平のクロスバーで構成されています。この形状の最も面白い点は、「上空には高さの制限がない」というルールにあります。
サッカーのゴールは枠内に入れないと得点になりませんが、ラグビーの場合はクロスバーよりも「上」であれば、どれだけ高く蹴り上げても得点として認められます。そのため、ポールは物理的に可能な限り高く作られており、空に向かって伸びるH型となっているのです。これは、選手のキック力が向上しても、正確に判定できるようにするための工夫でもあります。
幅5.6メートルが生み出すドラマ
2本のポールの間隔、つまりゴールの「幅」は5.6メートルと決められています。この数字を聞いて、広いと感じるでしょうか、それとも狭いと感じるでしょうか。一般的なマイクロバスの長さが約7メートル弱ですから、それよりも少し狭い空間を狙ってボールを蹴り込むことになります。
スタジアムの観客席から見ると広く見えるかもしれませんが、実際にグラウンドに立ち、強い風が吹く中で楕円形のボールをコントロールしてこの幅を通すのは至難の業です。特にタッチライン際(グラウンドの端)からのキックでは、角度が厳しくなるため、見た目上のゴール幅はさらに狭くなります。この5.6メートルの空間を巡って、キッカーとプレッシャーをかける相手チームとの間で、静かですが熱い心理戦が繰り広げられるのです。
クロスバーの高さは3メートル
地面から水平のクロスバーまでの高さは、3メートルと規定されています。これは一般的なバスケットボールのゴールリング(3.05メートル)とほぼ同じ高さです。キッカーは、この3メートルの壁を越える高さでボールを蹴り出さなければなりません。
3メートルというと簡単に越えられそうに思えますが、ラグビーのボールは楕円形で不規則な回転がかかりやすいものです。しかも、相手選手がチャージ(キックの妨害)に来るプレッシャーの中で高く蹴り上げる必要があります。低弾道の鋭いキックではクロスバーに当たって失敗するリスクがあるため、キッカーには高さと距離の両方を出す技術が求められます。
NFL(アメリカンフットボール)との違い
よく似たスポーツであるアメリカンフットボール(NFLなど)のゴールも高い位置にありますが、形状が少し異なります。アメリカンフットボールのゴールは、1本の支柱から二股に分かれる「Y型」が主流です。一方、ラグビーは2本の柱が地面から立つ「H型」が基本です。
この違いは、競技の成り立ちや安全面への配慮、ゴールの設置方法の違いなどから来ています。ラグビーではトライ後のコンバージョンキックなど、ゴール正面以外からのキックも多いため、2本のポールが地面にしっかり固定されているH型の方が、視覚的にも目標を定めやすいという側面もあります。似ているようで異なるこの形状の違いも、スポーツごとの文化を感じられるポイントです。
キックの種類で変わる得点! ラグビーゴールを通過させる3つの方法

ラグビーゴールを目がけて蹴られるキックには、実はいくつかの種類があり、それぞれ得点やシチュエーションが異なります。ここでは、試合中に見られる主な3つのゴールキックについて、その仕組みと点数を解説します。
コンバージョンゴール(トライ後のボーナス)
最も頻繁に見られるのが、トライ(5点)を決めた後に行われる「コンバージョンキック」です。成功すると2点が追加され、トライと合わせて一挙に7点を獲得できます。
このキックの面白いところは、蹴る位置です。「トライをした地点から、自陣方向へ真っ直ぐ下がった延長線上」であれば、どこから蹴っても構いません。ゴールポストの真下にトライすれば正面からの簡単なキックになりますが、端っこにトライすると角度が急になり、難易度が跳ね上がります。そのため、選手はトライをする際、できるだけゴールの中央に回り込もうとするのです。
ペナルティゴール(反則からのチャンス)
相手チームが重い反則(ペナルティ)を犯した際に選択できるのが「ペナルティキック」によるゴール狙いです。成功すれば3点が入ります。接戦の試合では、トライ(5点)を狙うリスクを冒すよりも、確実に3点を積み重ねるこのペナルティゴールが勝敗を分けることが多々あります。
反則があった地点からキックを行いますが、距離が遠い場合や角度が悪い場合は、タッチキック(陣地挽回)やスクラムを選択することもあります。キャプテンが「ショット(ゴール狙い)」を選択し、キッカーが精神を統一してボールをセットする瞬間、会場全体が静寂に包まれる独特の緊張感はラグビーならではの光景です。
ドロップゴール(プレー中の奇襲)
最も高度な技術を要するのが「ドロップゴール」です。これはプレーが流れている最中に、ボールを持っている選手が突然ボールを地面に落とし、バウンドした瞬間を蹴り上げてゴールを狙うプレーです。成功すれば3点が入ります。
相手ディフェンスが迫ってくる中で、一瞬の隙を突いて行われるため、成功した時の盛り上がりは最高潮に達します。特に試合終了間際の同点や僅差の場面で、逆転を狙って放たれることが多く、「劇的な幕切れ」を演出する切り札となります。地面に一度バウンドさせなければならないというルールが、このプレーの難易度を高めています。
ゴール成功の判定はどう行われる? 審判の動きとルールの詳細

ボールが高く蹴り上げられたとき、それが本当にゴールの間を通ったのか、判定が難しい場合があります。ここでは、審判たちがどのようにゴール成功を見極めているのか、その判定プロセスと細かいルールについて解説します。
アシスタントレフェリーの旗が合図
キックが行われる際、ゴールポストの後ろには2人の「アシスタントレフェリー(副審)」が立ちます。彼らはボールの軌道を真下から見上げ、ボールが間違いなく2本のポールの間を通過し、かつクロスバーの上を越えたかを確認します。
判定が「成功」の場合、2人のレフェリーは同時に持っている旗を高く掲げます。これが観客や主審への合図となり、得点が認められます。もし失敗した場合(ポールの外側を通ったり、クロスバーより低かった場合)は、旗を振って失敗を知らせるか、そのまま旗を下ろしたままにします。観戦中は、ボールの行方だけでなく、このレフェリーたちの動きに注目するとすぐに結果がわかります。
ポールの高さより上を通過した場合
先ほど「上空には高さ制限がない」と説明しましたが、では実際にポールの物理的な高さを越えてボールが通過した場合はどうなるのでしょうか。この場合、審判は「ポールが空に向かって無限に伸びている」と仮定して判定を行います。
目に見えるポールの上端から垂直に架空の線を伸ばし、その内側をボールが通過していればゴール成功です。この判定は非常に難しいため、プロの試合などではゴールポスト自体を15メートルや17メートルといった巨大な高さに設計し、できるだけ目視で判定できるようにしています。それでも際どい場合は、次に説明するビデオ判定が用いられます。
TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)の出番
人間の目だけではどうしても判断がつかない微妙なケースでは、「TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)」と呼ばれるビデオ判定システムが導入されます。特に、ポールの頂点付近を通過したボールや、ポストの真上を通過したようなケースで利用されます。
レフェリーは「今のキックが入っていたかどうか確認したい」とTMOを要求し、別室にいる担当者が様々な角度の映像をコマ送りにして確認します。ラグビーでは「疑わしきは得点せず」という原則があるわけではありませんが、映像技術の進化により、数センチ単位の際どい判定も正確に行われるようになりました。
ポストに当たって跳ね返った場合
キックしたボールがゴールポストやクロスバーに当たった場合はどうなるのでしょうか。サッカーであれば跳ね返りを押し込めばゴールですが、ラグビーのキック(コンバージョンやペナルティ)は「1回のキックで通過すること」が条件です。
もしポストに当たって跳ね返り、グラウンド内に戻ってきた場合は「ゴール失敗」となり、ボールは生きた状態(インプレー)として試合が続行されます。一方で、ポストに当たってから運良く内側に跳ねてクロスバーを越えた場合は、もちろん「ゴール成功」となります。「カーン!」という金属音が響いた瞬間、ボールがどちらに転がるか、運命の分かれ道となります。
選手の安全を守るラグビーゴールの装備と素材の進化について

激しいコンタクトスポーツであるラグビーにおいて、グラウンド上に立っている硬いゴールポストは危険な存在でもあります。選手が全速力で衝突しても大怪我をしないよう、様々な安全対策が施されています。
ポストパッド(緩衝材)の重要性
ゴールポストの根本部分には、必ず分厚いクッション材が巻き付けられています。これを「ポストパッド」や「ポストカバー」と呼びます。タックルを受けて吹き飛ばされた選手や、トライを防ごうと飛び込んだ選手が、硬い金属製のポールに激突する事故を防ぐための非常に重要な装備です。
このパッドには規定があり、十分な厚みと衝撃吸収性を持つ素材が使われています。また、高さも選手の頭部や胴体を守れるように設定されています。表面にはスポンサーのロゴなどがプリントされていることが多いですが、その中身は選手の命を守るための科学の結晶なのです。
2020年のルール変更:パッドへのトライは不可に
実は近年、このポストパッドに関する重要なルール変更がありました。以前は、攻撃側の選手がボールをポストの根本(パッド部分)に押し付ければ「トライ」と認められていました。しかし、2020年のルール改正により、「ポストパッドへのグラウンディング(ボールを押し付ける行為)はトライと認めない」ことになりました。
この変更の理由は、パッド自体が大型化し、守備側がトライを防ぐのが難しくなったことや、パッド周辺での密集戦が選手の安全を脅かす可能性があったためです。現在では、ボールをしっかりとインゴールエリアの地面につけなければトライにはなりません。昔のラグビーを知っている人は「あれ?今のはトライじゃないの?」と思うかもしれませんが、これは安全と公平性を考慮した新しいスタンダードなのです。
素材の進化:木製からハイテク素材へ
昔のラグビーゴールは木製で作られていました。しかし、木製は折れる危険性があるうえ、重くて設置が大変でした。現在では、アルミニウム合金やスチールなどの軽量で強度の高い金属素材が一般的です。
特に強風でも倒れない耐久性と、万が一選手がぶつかってもある程度衝撃を逃がす柔軟性が求められます。また、日本のような多目的スタジアム(陸上競技場など)では、ラグビー以外のイベント時にゴールを撤去する必要があるため、軽量で分解・組み立てがしやすい「起倒式(きとうしき)」と呼ばれるヒンジ付きのゴールポストも普及しています。設営スタッフの手によって、巨大なH型の塔は意外とスムーズに立てられたり寝かせられたりしているのです。
知っておくと自慢できる? ラグビーゴールに関する意外な豆知識

ここまでは基本的なルールや機能について解説してきましたが、さらに深掘りした「へぇ〜」と思えるような豆知識を紹介します。これを試合観戦中に話せば、周りから「詳しいね!」と感心されるかもしれません。
ゴール上部の旗は何のためにある?
ゴールポストのてっぺんをよく見ると、小さな旗が付いていることに気づくでしょうか。これは単なる飾りではありません。実は、キッカーにとって非常に重要な「風向きと風速を知るための計器」の役割を果たしています。
スタジアム内は、地上付近と上空で風の向きが違うことがよくあります。地上の芝生でむしった草を投げて風を見るシーンは有名ですが、ボールが高く上がった後の風の影響は、このポールの上の旗を見て判断します。赤や黄色の鮮やかな色が使われているのは、遠くからでも見やすくするためです。
昔はゴールポストによじ登る選手がいた?
なぜラグビーゴールはあのようなH型で、クロスバーの上に誰も立てないようになっているのでしょうか。一説によると、ラグビーの初期(19世紀中頃)には、相手のキックを防ぐために「ゴールポストによじ登って邪魔をする」という守備が行われていたそうです。
当時のルールでは明確に禁止されていなかったため、ゴールキーパーのように人間が空中でボールを叩き落としていました。しかし、これでは危険すぎますし、試合になりません。そこで1846年頃のルール改定で「選手の体を支えるような形であってはならない」等の規定ができ、さらに高さを出すために現在のH型の原型が定着したと言われています。「よじ登り禁止」が形状のルーツに関わっているかもしれないというのは、面白い歴史ですね。
世界一高いラグビーゴールは?
ルール上は「3.4メートル以上」あれば良いとされるポールの高さですが、プロの試合が行われるスタジアムでは16メートルや17メートルといった超高層ゴールが主流になっています。これは、先述した通り判定の正確さを期すためです。
特にイギリスや南半球のラグビー専用スタジアムには、巨大なゴールポストが設置されていることがあります。日本国内でも、ワールドカップで使用されたスタジアムなどでは17メートル級のゴールが採用されています。ビルの5〜6階建てに相当する高さのポールが立っていると思うと、そのスケールの大きさに改めて驚かされます。
キッカーが狙う「ブラックドット」
ゴールポストのクロスバーの中央に、小さな黒い点が描かれていることがあります(全てのスタジアムにあるわけではありません)。これは「ブラックドット」と呼ばれ、キッカーが狙いを定めるためのターゲットマークです。
幅5.6メートルの空間は意外と広いため、漫然と「真ん中らへん」を狙うよりも、「あの一点を射抜く」と集中した方がキックの精度が上がると言われています。トップ選手たちは、このドットがない場合でも、客席の特定の看板や座席をターゲットに見立てて、そこに向かって一直線にボールを蹴り出すルーティンを持っています。彼らの視線の先にある「点」を想像しながら観戦するのも一興です。
まとめ:ラグビーゴールの役割を理解して試合の感動を味わいましょう
ラグビーゴールについて、サイズや形状の理由から、得点の仕組み、判定方法、そして安全対策まで詳しく解説してきました。単なる「H型の枠」に見えていたものが、実は計算された寸法で作られ、選手の安全を守る工夫が凝らされ、歴史的な背景まで持っていることがお分かりいただけたでしょうか。
幅5.6メートル、高さ3メートルのクロスバーを越えてボールが空高く吸い込まれていく瞬間は、ラグビーというスポーツの中でも特に美しいシーンの一つです。風を読み、プレッシャーに打ち勝ち、正確な技術でゴールを射抜くキッカーの姿。そして、その一挙手一投足を見守るレフェリーや観客の緊張感。
次回の試合観戦では、ぜひゴールポストにも注目してみてください。「今のキックはポールの上空ギリギリだったな」「あの位置からのコンバージョンは難しいぞ」といった視点が加わることで、ラグビー観戦の深みと面白さが何倍にも広がるはずです。



